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仙人の楽しい仲間 その三


 雪がちらつく季節になった。一晩寝れば白銀の世界に変わっている。そんな窓からの景色を二人はうんざりとした顔で見ていた。

 本日は一月四日である。


「あ~あ。積もっちゃったね」


「そうだな。雪かきしないと」


 そう言いながらも仙人はこたつから出ようとしない。ちぃもこたつ布団にくるまってみのむし状態である。


「中田さん大丈夫かな~」


「雪でも自転車で来れたから、大丈夫だろう」


 スリップしないのかと訊けば、気合いでなんとかなりますと返って来た。得意顔で。


「違うって、滑らないかを心配してるんじゃないの。捕まらないかを心配してるのよ」


「……は?」


 仙人が半目になった時、外で自転車が止まる音がした。中田さんが出勤してきたようだ。

 ちぃはその音に反応して、こたつから出ると窓枠にひょいっとぶら下がる。


「ほらサガ来てよ」


 器用にしっぽで手招きされて、仙人はしぶしぶこたつから這い出る。もぞもぞと半ば這いながら窓から顔を出した。顔に冷気が刺さって痛い。

 そして視界に映るのは出勤してきた中田さんの姿。

 ダウンジャケットを着こみ、手袋をしっかりはめ、ニット帽で頭を守り、マスクで顔を覆っている。


「うわ……怪しいな」


 思わずそう零してしまった。


「でしょ。すばらしい完全防備よね」


 そう話をしている間にも中田さんは自分に積もった雪を払って玄関に入って来た。


「おはようございまーす!」


 今日も元気な中田さんだ。二人はすぐにこたつに戻り、暖を取る。

 そして中田さんはコート類を全て玄関にまとめて置くと、仙人の部屋に入って来た。


「仙人さん、ちいちゃん。あけましておめでとうございます」


 今日は新年が明けてからの初出勤だ。中田さんは正座をしてしっかりと礼をした。

 それを見て二人はこたつから出、中田さんの前に座って礼を返す。


「「あけましておめでとうございます」」


 言われて初めて年が改まったことを知った二人だ。テレビもなく、カレンダーの管理も中田さんだったので、二人は正月感なくこの三日間を過ごしていた。


「お昼はお雑煮にしますね」


「餅か」


「わーい。おもちだ~」


「喉に詰まらせるなよ?」


 かの有名な名無しの猫も餅を喉に詰まらせたという。


「ふん! ちゃんと人に化けて食べるもん」


 軽口を叩きあうのは年が変わっても変わらない。二人は中田さんが台所に行くと、先を争うようにこたつに入った。


「やっぱりこたつよね~」


 中で火鉢に入れられた豆炭の付喪神が頑張っているおかげだ。


「あぁ。もう出たくな……」


「うわ……」


 仙人が言葉をつぐんだのと、ちぃがうんざりした顔で呟いたのはほぼ同じ。

 仙人は雪が降る外を見やって、小さく溜息をついた。


「なんか来たな~」


 仙人と仙猫のセンサーは百発百中である。

 ほどなく玄関が開く音がし、


「ごめん申し上げるが、ここに何仙姑かせんこはおられるか?」


 張りのあるつややかな男の声が響いた。


「はーい。どなたですか?」


 そこに台所からひょいっと中田さんが現れた。

 そして彼女を見たその男は、人間をまじまじと見て驚いたようにこう言うのだ。


「確かにあのひきこもりが人間を雇っている」と。ここを尋ねる人々の第一声はほとんどそれだ。


 中田さんは仙人の友だちなのだろうと、彼を仙人の部屋に通す。


「仙人さん。ご友人が尋ねてこられましたよ」


 本当は全て筒抜けだが、中田さんは一応用向きを仙人に伝えて障子を開ける。


「……籠っていることには変わりは無いのか」


 男は呆れた顔でこたつに入り背中を丸めている仙人を見下ろす。


「うるさい」


 むっとした顔で言い返す仙人からは一欠けらも歓待の意を感じられない。


「な~んだ、仕事バカじゃない。久しぶりね~」


 ちぃがこたつ布団にくるまったまま片手をあげた。

 男はコートを脱ぐと、鞄とともに床に置いてこたつに入る。ぴしりと背筋が伸び、仙人とは対照的だ。

 中田さんはしげしげと訪ねて来た男を見る。


(彼、仙人さんのご友人というからには仙人なのよね?)


 今まで中田さんはサガ以外の仙人を二人知っているが、そのどちらも変わった服装をしていた。だが、目の前の男が来ているのはスーツだ。なかなか品がよく、光沢があり皺がいっさい入っていない。 彼はワックスで前髪を撫でつけ、オールバックにしていた。

 なるほど、仕事ができそうなイメージだ。


(ピッシリとアイロンがかかってるわ……これはいい奥さんがいるか、それとも超几帳面な性格……いえいえ、どこかのおぼっちゃまという可能性も)


「そこで私を観察している女中よ。暖かい茶を用意してくれまいか?」


「あ……只今!」


 どきっと中田さんは心臓を跳ねさせ、そそくさと台所へと戻る。


「で、仕事中毒のお前がなぜここに?」


 仙人はこたつの上のみかんに手を伸ばし、のんびりと向きながらそう尋ねた。


「私が遊びに来たわけないだろう。仕事で日本に来たついでだ」


「ふ~ん、今度はずいぶん若い顔をしてるじゃない」


「若手の力が強まっているからな」


 ぽつりぽつりと話が始まったところに中田さんがお茶を持ってやってきた。そっと二人に前に湯呑を置いて、すーっと部屋の端っこに座る。さりげなく三人の話が聞きたいのだ。残念ながらけっこう存在感があるのだが……。


「それはそうと、そこの女中を紹介してくれんか? 本来なら最初にすべきだが、そなたのコミュニケーション能力の未発達を考えれば致し方の無いことだ」


 空気になろうとしていた中田さんは、男によって話の輪に呼び出された。

 仙人はみかんを口に運びながら、すみっこで正座をしている中田さんに手招きをする。こたつに入れと言いたいらしい。

 中田さんはありがとうございますと、暖かいこたつに入り間近で客人を見た。彼もまた中田さんを見定めるかのようにじっと見ているのでなんとなく気まずい。


「この人は家政婦として雇っている中田さんだ。で、この男は仙人の曹国舅そうこっきゅう、縮めて曹と呼んでいる」


 二人は互いに紹介されるとお見知りおきをと軽く頭を下げた。


「えっと……曹さんは他の仙人さんとは違ってスーツなんですね」


 遠慮がちに中田さんは気になったことを言ってみた。


「あぁ。仕事に必要だからだ」


「仕事? 人間と一緒にですか?」


 仙人が人と交じって仕事をしているということがどこか信じられない。いつも見ている仙人がほとんど外に出ないからだが……。


「あたり前だ。言っておくが、仙人だからと言って何仙姑のようにひきこもっている奴ばかりではない」


「あ……そうなんですか」


 考えていたことを見透かされたようで、中田さんは内心ひやりとする。


「曹は私たちの中でも祖国一途な奴で、ずっと官吏をしているんだ」


「官吏と言うと……政府関係者ってことですか?」


「そうだ。王朝のころから官吏として働いている。新国家になった今は外交官だ」


 曹国舅は姉が皇后として嫁いだことから、仙人になる前も政治に深くかかわっていた。

 仙人になってからは気の向くままに顔を変え、年を変えては政治に携わっている。役所も地位も様々である。


「あんたが外交? うわぁ……相手の国が可哀そう」


「祖国の発展には外国との駆け引きが欠かせないからな」


「中国と言えば、経済発展が目覚ましいですね。経済成長率が日本よりも上になったんでしたっけ?」


「我が国の底力はまだまだある。これから日本にもっと差をつけてやるさ」


 胸を張って曹国舅は誇らしそうだ。本当に彼が中国を愛していることが分かる。


「がんばれ」


 それに対して投げやりな仙人の返事。政治というより、外の世界事態に興味がない仙人だ。


「そなたは昔から一欠けらも愛国心がないな。真っ先に祖国を飛び出して……」


「私には忠誠心がないからな」


「猫にも忠誠心はありませーん」


 曹国舅は湯呑を置いて、深々と溜息をついた。


「そういえばそなたは則天武后のお召しをすっぽかしたような奴だったな……」


「あぁ、あれは面倒だった」


 ずずーっと仙人はお茶をすすった。


「本当にお前は昔から変わらん」


「人がそう簡単に変わるか」


 仙人の言葉に曹国舅はふっと笑った。それは苦笑のようで嘲笑のような曖昧な笑み。


「変わる奴は変わるさ」


 それから曹国舅は中田さんに向けて、日本の暮らしについて色々と聞いた。平均年収や生活保障、社会救済制度など仙人とちぃには耳慣れない言葉が羅列する。

 それに中田さんは答えられる範囲で答え、曹国舅はふむふむと頷きまた質問を重ねる。


「ほんと、まじめよね」


「息がつまりそうだ」


 真剣な雰囲気の中、仙人とちぃはやれやれと顔を見合わる。

 そのうち曹国舅の気も済んだのか、慇懃に礼を述べると腕時計に目を落とした。


「……ん、もうこんな時間か。少し長いをしてしまったな、午後からは打ち合わせがあるんだった」


「きりきり働いてこい」


「過労死しないでね~」


 曹国舅はさっと立ち上がってコートを羽織った。


「仙人は不老不死だ」


「はいはい、わかってるって」


 冗談が通じないわねとちぃはごちる。


「それと何仙姑、これを老師から預かって来た」


 彼が鞄から取り出したものは書状だった。老師という言葉に仙人は固まる。


「し、師匠がこれを?」


「元気にしているかどうか案じておられたぞ。では、達者でな。またこちらで仕事があれば顔を見に来る」


 表に達筆で何仙姑殿と書かれたその書状に手を伸ばしてはひっこめを繰り返している仙人を一瞥すると部屋から出ていった。中田さんが彼を見送りに行く。


「中田殿よ。あれは手のかかるとこをもあるが、純粋なやつだ。気長につきあってやってくれ」


 玄関で曹国舅は優しく笑いながらそう言った。その笑みは旧知の仲間に向けられるもの。


「こちらこそ、色々楽しませてもらっています」


 曹国舅はおかしそうにくくっと笑った。


「本当に肝の据わった人間だ」


 そう最後に言い残すと、彼はかき消えるように消えた。


(優しい人……)


「なんだと!?」


 中田さんがお雑煮の続きでも作ろうかと台所へもどうとした時、仙人の声が飛んできた。

 気になって部屋を覗くと、硬い顔で仙人が手紙を読んでいた。


「あの……どうかしたんですか?」


 気遣わしげな中田さんの声に、仙人はゆっくり顔をあげた。その顔はどこか不安げで泣きだしそうだ。


「師匠が……近いうちに来るって」


「あら、それは楽しみですね」


 仙人の師匠である人物には前から関心があったのだ。その人が来るとなればおもてなしもしっかりしなければいないだろう。


「逃げようかな……」


「むりむり、捕まるって」


 嫌そうな仙人とうきうきしている中田さん、そして諦めなと諭すちぃ。

 三人の生活が今年も始まった。




一度書き始めたら書きやすいんだよね、この話。でも、書くまでのやる気が起こりにくいのもまた問題……。

さてさて、ちょいっと気合をいれないといけませんね。

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