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クリスマス

寒い寒い冬だ。一晩中降り続いた雪はやみ、獣の足跡が残る雪が仙人の家を囲っていた。全ての音が雪に吸収されたような静けさの中に、高い声が響いた。


「さーむーい~~!」


家の中ではちぃが丸くなって震えていた。よほど寒いのか歯の根も合わない。


「ちょっと待って。今こたつを入れるから」


仙人は白い息を吐きながらかまどまで行き、火箸で火種を持ってきた。

仙人の家は山奥で、電気どころかガスも水道もない。冬場は毎年火鉢と掘ごたつで過ごしている。


「おはよーごぜぇます。仙人さん。今日もあっしが頑張って燃えるんで安心して暖まってくだせぇ」


火種は豆炭の付喪神で凛々しい眉に眉間のしわが印象的な義理堅い漢だ。

仙人の家には現代社会に居辛くなった付喪神が多数住んでおり、ライフラインの全てを担っていた。

仙人が火鉢をこたつの中に入れると、ちぃはさっそく火鉢に寄り添った。


「極楽~」


 仙人もこたつに入って足を伸ばした。そしてこたつの上のみかんに手を伸ばす。


「蹴っても知らないからね」


「そんなことしたら噛み付いてやるもん」


「少しはおしとやかになりなよ」


「嫌~」


しばらく軽い言い合いをしたあと、ちぃは体が暖まったのかひょっこりこたつから顔を出した。すぐ隣りには仙人が座っている。


「ねぇサガ。プレゼントちょーだい」


「は?」


みかんを剥いていた仙人の手が止まった。


「プレゼントよ。サガは今日が何の日か知らないの?」


みかん剥きを再開しつつ仙人は答えた。


「知らない」


「クリスマスよ、クリスマス!」


「……クリスマス?」


みかんを口に運びながら首をかしげた仙人に、ちぃは小さく溜息をついた。


「人間の文化よ。十二月二十五日にサンタがいい子にプレゼントをくれるの」


「いい子?」


「いい子でしょ、私」


 いい子以前に子どもといえる年齢か、と仙人は心の中でつっこむ。


「……そのサンタって誰?」


「赤い服を着た、白く長い髭のダンディなおじいさんよ。クリスマスの夜にトナカイがひくソリに乗って飛んで来るの。家には煙突から入るのよ」


「……空を飛べるなんて、トナカイってたいした生き物だな」


「そこじゃないでしょ!」


 ちぃは少しふくれてつっこんだ。


「じゃあ不法侵入?」


「サガ!」


 仙人はちぃの剣幕に押され、笑ってごまかした。


「冗談です……じゃあそのサンタを待ってれば?」


「……そんな人いるわけないじゃん!」


ちぃは体を起こすと前足でダンっと床を叩いた。話の急転に仙人は目を丸くする。


「だからお世話になった人にプレゼント送るのよ!」


 堂々と自分解釈。

事実が少々ねじ曲がっているが、仙人が気付くはずもない。


「……お歳暮のようなもの?」


「そう」


と断言しつつ、心の中ではいや違うだろ、とつっこんだ。


(ふーん。お歳暮かぁ)


仙人がお歳暮という文化を知ったのは数十年前。仙人仲間の一人が怪しげな壺を送ってきた時だ。


「仙人は私にたくさんお世話になってるでしょ」


「まぁ……確かに」


 食料調達や、目覚時計、暇つぶしなどでお世話になった気はする。


「じゃあなにか探すよ」


仙人は名残惜しそうにこたつから出ると、隣りの部屋へと入った。古今東西の謎の物品が置いてある物置だ。

そしてそこは、中田さんが逃げ出すぐらい混沌としていた。

 壺、箱、人形とが織り成す壁。触れてしまえば崩れてしまいそうなくらい危うい均衡を保っている。


(ちぃにプレゼントね~。ネコ缶じゃだめかなぁ)


仙人は手当たり次第に箱を開けては、閉じた。


(ろくな物が無いな)


これらのほとんどは拾い物や他の仙人が置いていった物だ。この中でも特に念の強い物は長い時を経て付喪神となるのだ。


(ん? あ、これいいかも)


仙人は箱からいいものを取り出すと、部屋へと戻った。




「ち~い~~」


期待に目を輝かせて首を起こしたちぃの前で、仙人はそれを振った。


「な、何よそれ。そんな物で、私が、喜ぶと……にゃ!」


ちぃは目の前で誘惑するような動きをするそれについ手を伸ばした。

猫じゃらし。その魅惑的な動きに全ての猫が病み付きになる、別名エノコログサ。それをゴムで作り、取っ手をつけた愛猫家の必需品だ。


「猫好きのあいつにもらっといてよかったな」


「こ、こんなのプ、にゃ、プレゼント、ににゃん、嬉しくないもん!」


仙人がちぃの頭上で猫じゃらしを振ると、ちぃは後ろ足で立って追いかける。


「みゃ~、届かない!」


必死に前足を伸ばすちぃが可愛くて、仙人は立ち上がってさらに高いところで猫じゃらしを振った。


「ほーらほ~ら」


「にゃー……って、いい加減にせい!」


怒号一発猫キック。


「あうっ」


突然の攻撃に仙人はうずくまった。そして脇腹をさすりながら立ち上がる。


「まじめに私へのプレゼントを探してよ!」


「……ちぇ、つまんない」


「サ~ガ~。次は噛み付くよ」


全身の毛を逆立てて、ちぃは怒っていた。


「はいはい。じゃあちゃんとしたものあげるから。ちょっと後ろ向いて」


「いいものじゃなきゃ嫌だからね」


ちぃはくるりと後ろを向いた。尻尾がそわそわと揺れている。


(なんだろう。首輪かなぁ。ネックレスかなぁ。キラキラした物がいいな……ん? なんか尻尾が……)


「ちぃ。もういいよ」


ちぃが前を向くと、にこにこ顔で仙人が座っていた。


「何くれた……」


目の前には何もない。首を見てもない。だが尻尾の先に赤い物が見えた。


「うわ~。かわいいリボン」


ちぃは尻尾を前に出して触る。赤いリボンの真ん中にはちぃが好きな光る石が入っていた。


「そのリボンをして化けるとね……」


「もしかして耳とか引っ込むの?」


というなりちぃはドロンと人型を取った。


「いや。頭の上で大きなリボンになる」


「へ?」


可愛らしい顔立ちに肩にかかるほどの黒髪。頭の上には赤い大きなリボン、左右には猫耳がのぞいている。


「何その無駄なかわいさ!てか、さむっ!」


人に化けたとはいえ、一糸纏わぬ姿だ。ちぃは猛烈な寒さに身を震わせて、猫に戻った。


(毛皮ってありがたいわ~)


「気に入った?」


「う……」


喜んでいる姿を仙人に見られるのは癪だった。


「気に入ってあげるわよ」


ちぃは、つんと横を向いた。行動に反して尻尾はパタパタとせわしない。


(嬉しいんだな~)


仙人が笑みを浮かべながらちぃの頭を撫でていると、玄関の扉が開く音がした。二人が玄関の方に首を向けた時、


「メリークリスマス!」


と陽気な声とともに中田さんが入ってきた。


「おばちゃーん! 見て見て! このリボン可愛いでしょ」


「あらぁ。素敵ね。仙人さんからのプレゼント?」


「うん!」


中田さんはちぃの頭を撫でると、手に提げていた紙袋に手を入れた。


「じゃあ私からもプレゼント」


中田さんが取り出した物はリボン付きのネコ缶だ。


「あぅ……これは、王宮の猫が食べているという最高級ネコ缶」


ちぃの顔はぐずぐずにとろけ、ネコ缶を抱き込んだ。


「それと仙人さんにはこれ」


仙人が渡された小包を開けると、羽織りが出てきた。


「……何?」


「はんてんよ。仙人さんの衣はずいぶん重いでしょ?」


仙人はさっそく上衣を脱ぐとはんてんを着た。


「おぉ。これは温かいな。しかも軽いし。ありがとう、中田さん」


「どういたしまして。じゃあ、ケーキも買ってあるからさっそく食べましょうか」


 中田さんは紙袋からケーキの箱を出した。耳慣れない言葉に仙人が首をかしげるのに対して、ちぃは目を輝かせた。


「わーい! じゃあ私化けてくるね」


(人型の方がたくさん食べられるもんね~)


「じゃあはい、これ。新しい服よ」


「わぁ、ありがとう!」


ちぃは渡された袋を加えて、跳ねるように出ていった。



そして数分後。


「どう? 可愛いでしょ」


そう言って出てきたちぃを、仙人はぽかんと見つめていた。 こたつの向かいでは中田さんが拍手を送っている。


「……真っ赤」


中田さんがちぃにあげたのはサンタの衣装だった。商店街で客引きの女の子が着ているような可愛らしい服だ。


「これで私もサンタね!」


「よく似合ってるわ~」


「サガ~、どう?」


「あ……うん。可愛い」


赤い色も、ミニスカも、頭に乗った小さな帽子もよく似合っていた。


(サンタって、何?)


仙人のサンタ像は迷宮入りだ。


「さーて。ケーキを食べるよ」


中田さんがメリークリスマスと書かれたケーキを切り分けていく。

全員がケーキをもらったところで、クラッカーを手に持った。


「じゃあいくよー。せーの!」


そしてちぃの掛け声でクラッカーが引かれた。皆が声を合わす。


「メリークリスマス!」


祝福の言葉が破裂音とともに散った。

寒さも忘れるような、和やかなクリスマスは始まりだ。




そして後日、クラッカーにハマった仙人は度々ちぃを驚かし、そんな仙人から中田さんへお手製入浴剤がプレゼントされたのだった……。

うん、この話一年ねかせたんですよね~。来年はこの話を完結させたいです。

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