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山の奥には仙人がいるのです

 むかしむかし、一人の仙人がいました。本を読むのが大好きで、めったに外に出ないひきこもりでした。

 ある時、一匹の猫が転がり込んで来ました。仙人の戸惑いなど関係無く、猫はそのまま住み着いてしまいました。

 そして現在、この山奥の社には、おばちゃんが家政婦として働きにきています。

「サガ~。ねぇサガぁ……仙人ってば~!」

  春のやわらかい日差しが入ってくる部屋に、子どもの声が響く。

「ねぇなんかしてよ~」

  声はだだをこねる子どもそのものだが、あいにく姿は見えない。そこにいるのは読書中の女性。その隣りに黒猫がちょこんと座っている。

「なんかしてくれなきゃサガで爪研いじゃうぞ!」

 脅し文句を言いながら、黒猫が必死に衣を引っ張っていた。

「……はいはい。分かってるって。」

  先程から衣を引っ張られている女性は、喋る黒猫の頭の上に手をおいた。本からは目を離さずにぐりぐりと撫で回す。黒猫は少し目を三角にした。

「ちが~う! そーじゃなくてなんかやってみせてよ!」

  喋る黒猫も異様な光景ではあるが、それと当然のように会話をしている女性も変わった容姿をしていた。

  腰まで伸びる髪は白く、すそはきれいに切り揃えられている。後ろから見れば老婆のようだが外見は若々しく、二十代、見様によれば十代後半にも見える。さらに服装は十二単を三単ぐらいに簡略したものを着ており、上に羽織っている衣の裾が床に広がっていた。

 絵巻の中から抜け出したような女性だ。

「仙人なんだから空飛んでよ」

「嫌だよ。……面倒臭い」

 バサリと断った女性は呼び名のとおり仙人だった。仙術を使い、治癒や人を煙に巻くのはお手の物だが、面倒臭がりゆえ存分に力を発揮することはない。

「またまたそんなこと言って~。ほんとは飛べないんでしょ」

「飛べるに決まってるだろ。ちぃ。今私は忙しいんだ」

 ちぃと呼ばれた猫は前足でダンダンと床を叩いた。

 人でいう地団駄だ。

「本読んでるだけじゃん。 私はかまってほしいの。 遊んで欲しいお年頃なの!」

  ちぃは仙人の衣の裾をガジガジと囓り始めた。要求が通らない時は実力行使だ。

(かまって~。暇なの~)

「昨日、私が撫でたらそっぽ向いてどっか行ったよね」

  仙人は本から目を離し、恨みがましいまなざしをちぃに向けた。

「昨日は一人でいたい気分だったの!」

「……わがまま」

  仙人の呟きを三角の耳で捕らえたちぃは、シャンと背筋を伸ばして尻尾で床を打った。

「猫はそーいうものなのです。わがままな生き物なのです」

 ちぃは特技、開き直りに出た。

「猫だってもう少し聞き分けのいいのはいるよ」

「私はただの猫じゃないのです。仙猫なのです。サガは仙人なんだから猫のわがままくらい聞けるでしょ」

「どーゆー理屈よそれ」

  毎度のことながらよく回る頭と舌だ。仙人は今までちぃに口喧嘩で勝ったことがない。

「サガは私より長生きなんだから。私のわがままを許すべきなのです」

「生きてる長さは関係ないし。それに猫のわがままはもっと可愛いはずよ」

「私は仙猫だからただの猫じゃないのです。わがままもただのわがままではいけないのです!」

 早口でまくし立てられた内容はどこから切り込めばいいのか分からないほど屁理屈の塊だった。

(うわ~……かわいくねーー)

「……仙猫なら仙人を敬え!」

  仙人が声を荒げると、ちぃは前足を口許に添えて、まぁ! と驚きのポーズを取った。それがさらに仙人の神経を逆撫でする。

「まぁまぁ! 仙人ともあろう人が猫に敬えですってぇ? まー。ずいぶん偉いんでしょーね。一日中働きもせず本を読んでることがえらいんだったら隣りでゴロゴロしてる私はどれだけえらいんでしょう? ねぇ教えてくれません?」


  一息で言い切ったちぃはどうだ、と勝ち誇った顔で仙人を見上げた。

  そしてうっ、と詰まった仙人にさらに畳み掛ける。

「猫は気ままなところが愛されているのです。わがままなところが可愛いのです。ツンデレが古今東西の猫萌えなのです!それがわからないなんてまだまだサガは子どもね!」

 仙人は口許をひくつかせながら、口撃に耐える。が、たかぶった感情を抑えていられるのも時間の問題だった。

「ちぃ…………ご飯抜きだ!」

  青筋を浮かべた仙人は切り札を出した。ちぃは目を大きく見開き、牙をのぞかせる。

「いいもん! 中田さんにもらうから!」

「中田さんにご飯抜くように言っておく!」

「中田さんはそんなことしないもん!」

  ちぃは四つ足で立ち上がると毛を逆立たせた。

(ご飯を盾にするなんて許せない!)

「中田さんを雇ってるのは私なんだからね!」

「横暴ー! 動物愛護団体に訴えてやる!」

「喋る猫なんて相手にされるわけないし、 捕まって売り飛ばされるだけだ!」

「じゃーいいもん! 中田さんにサガのご飯も抜くように言っておくから!」

  売り言葉に買い言葉。不毛な口喧嘩は夕飯問題へと発展した。何で言い争っていたかなど、すでに記憶の彼方だ……。

「仙人愛護団体に訴えてやる!」

 仙人も負けじと言い返すが、ちぃは鼻で笑った。

「へ~。やってみればぁ? どーぞどーぞ。できるもんならやってみなさいよ」

そして駄目押しと言わんばかりににんまりと笑った。仙人が山から出たが最後、怪しさ満点で補導されて、研究者に引き渡されるのが目に見えているのだ。

「そんな手に乗るか!」

 さすがに仙人もそれは分かっていた。

「じゃあサガはご飯抜きね」

「別にいいし。仙人はご飯を食べなくても霞を食べて生きていけるから大丈夫だもん」

「へ~霞ぃ……」

  ちぃの目が半眼になり、口角を上につり上げた。そのまま斜め四十五度に顔を傾けて仙人を睨む。この角度が研究のすえに見つけた一番迫力のある角度だった。

「取って食べてこれば? 今日は晴天で霞なんてどこにも見当たりませんけどねぇ。いやー楽しみだわ。ほら行ってきなさいよ」

  一つ言い返せば十返ってくる。完全に仙人が劣勢だった。

(にーくーたーらーし~~!)

「こっ……」

「さっきからごちゃごちゃと何を言ってるの!」

 悔しさが募る仙人の反撃は、別の怒号によってかき消された。

  空気がビリビリと音を立てるような大音量に驚いた二人は、声のした方へ顔を向ける。

 そこには、部屋の入口で仁王立ちをする中田さんがいた。中田さんは仙人が雇っている家政婦で、五児の母。どこへだってママチャリで駆け巡る元気なおばちゃんだ。右手にはお玉を持っており、どうやら夕食の準備中だったらしい。

「それはちぃが……」

「だってサガが……」

  二人そろって弁解を始めるが、次の怒号が飛んできた。

「少しは近所迷惑を考えなさい!」

  中田さんは自分の子どもと同様に叱り飛ばした。

 二人は目をパチクリとさせた。数秒間言われたことを考えてみる。

 近所迷惑。ご近所トラブルにも発展しかねないものだ……が、ここは山の奥、耳を澄ませば鳥のさえずりが聞こえ、隣人はと聞かれれば動物たちである。

  近所迷惑とかはないんじゃ……と二人は心の中で思うが口には出さなかった。鬼の形相を前にすれば身を縮ませるしかない。

「それで、夕食はいらないんですね?」

  どうやら喧嘩は筒抜けだったらしい。中田さんは腕を組んで憤然と二人を見下ろす。お母ちゃんモード全開だ。

「別に無理に食べろとは言いませんけど、せっかく今日は仙人さんの好きな茶碗蒸しだったのに。それとちぃちゃんにはネコ缶を開けようと思ってたのに……」

  残念ね、と中田さんは頬に手をやって呟いた。

  その言葉に二人は呆然と中田さんを見上げた。

(ご飯質取られた~)

 そして夕食の危機を迎えた二人は互いに視線を交わし、固く手を握り合った。

  停戦協定成立。

  猫にも仙人にも好物より勝る爆弾は無かった。

「食べる! もう喧嘩は(今日は)しないからネコ缶ちょうだい!」

(ネコ缶食べられないとかイヤ!仙人なんてもういいから!)

「茶碗蒸し食べたい」

(ちぃとの喧嘩より中田さんのご飯のほうが大事)

  反応が自分の子どもと全く同じで、中田さんはつい笑ってしまった。やれやれとため息をついてやんわりと微笑んだ。

「分かったから。おとなしく待っていてくださいね」家政婦の顔に早変わりして中田さんは台所に戻っていった。

  中田さんが去ると、二人は肩の力を抜いて一息ついた。

(よかった~ご飯食べられる~)

 しばらくしてちぃは、仙人の膝の上に登って丸くなった。

「今日のネコ缶何かなぁ」

  仙人はちぃを撫でながら答える。ちぃが気持ち良さそうに目を細めた。

「まぐろじゃない?」

「まぐろはいつも入ってるよ」

「おいしければなんでもいいじゃん……あ、ちぃ。桜が咲いたみたいだよ」

  仙人は窓の外を見やって弾んだ声で言った。窓枠には桜の花を加えた雀が跳ねていた。散歩にすらでない仙人に春を届けてくれたらしい。

「庭の桜も早く咲かないかな。そしたら花見ができるのに」

  夜桜を見ながら一献傾ける。酒好きの仙人にとっては至福の時だ。

「おいしそー」

  ふいにそんな呟きが膝の上から聞こえた。ちぃの体が小刻みに揺れている。

  その目にはチュンチュン跳ねる雀が……。

「とーーり~~~!」

  体勢を低くしてからの大ジャンプ。ちぃは獲物めがけて飛び掛かった。

「ちぃ!」

「ぎゃあぁ!」

  仙人は慌ててちぃの尻尾を掴んで引き寄せる。ちぃはすっぽり仙人の腕の中だ。

  驚いた雀は桜を落として飛び立ってしまった。

「ちょっと!尻尾はデリケートなんだから触んないで!」

「目が獲物を狩る目だったじゃないか!」

「……だって、動いてるものを見るとつい。猫だから」

「……猫だしね」

  仙猫であっても猫は猫なのだ。

 そして仙人はちぃを抱き締めたままころんと横になった。窓から入ってくる風は太陽の暖かさと香りを運んでくる。

「お昼寝に最高の季節になったね」

  ちぃはくわっとあくびをして丸くなった。

「そうだね。明日は庇の下で日向ぼっこをしよっか」

「……さんせーい」

  春の陽気は簡単に眠気を誘う。部屋にはいつしか寝息が聞こえだし、中田さんに起こされるまで二人は夢の中を漂ったのだった。


「――――ネコ……缶……重い」

  仙人の腕の下でもがくちぃの寝言は、部屋に吸い込まれ、再び寝息だけになる。

  のどかな春、昼下がりの一時。

  仙人の一日はゆるゆると過ぎていくのでした。


 わたくしこと、幸路ことはは、ここに不定期を宣言いたします!

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