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4.「観察者」

部屋の明かりはつけない。光は情報を鈍らせる。暗闇のほうが、世界はハッキリ見えるんだ。

机の上にはモニターが3つ並んでいた。右のモニターはSNSのタイムライン。左のモニターはマンションの廊下の過去映像。中央は____今日、彼女の部屋に入って来た若い女の姿。

真宮凛。

その名前を一度口に出してみる。


「……凛。」


口の中で転がすと、まるで知らない味がした。どんな人間でも三秒あれば分類出来る。そんな行動にも癖がある。どんな視線にも習慣がある。だが、彼女は違った。

映像の中の凛は、落ち着きなく視線を動かしながら、決定的な一点でピタリと止まる。


見つけたんだ。鏡の角度に…。


彼女は……普通じゃない。


一般人があれを一目で疑うはずがない。


膝の上で手が震えた。それは、恐怖ではなく興奮だった。


「…僕が整えた世界に、無断で踏み込むなよ。」


画面を指でなぞる。

彼女の髪、歩幅、指先の癖。

観察しているうちに、心臓の鼓動がゆっくり強くなる。人を観察しているとき僕は〝生き返る″。それはいつも通りの感覚だ。……だが____今日は、違う。初めて〝見られた″気がした。

彼女の視線が、画面越しにこちらを貫いたような錯覚。


「…面白いな。」


呼吸が静かに乱れる。スマホを握る手が震えた。

非通知でかけた直後、凛が通話に出た瞬間のあの沈黙。


聞こえた。……僕の声を恐れてくれた。


画面を見ながら彼はひっそり笑った。


「凛、君の全部……覗いていい?」


モニターに映るのは、凛のはやの周辺の路地のカメラ映像。その前を通る彼女の姿。彼は手を伸ばした。画面の中の凛の顔に触れるつもりで、そっと指を滑らせる。


「きれい…だよ。壊したくなるくらい。」


モニターの光の中で、彼の瞳だけが静かに笑っていた。




五十嵐刑事との通話が切れた後、しばらくジッとしていた凛だったがすぐに五十嵐刑事と他の警察官数名がやってきて無事に保護された。そのまま、事情聴取の為に東亜署に同行することになった。これが五十嵐刑事なりの保護だとは凛は知るよしもない。


応接室に通された凛は、五十嵐刑事から熱いコーヒーをもらい、ほっと息を付いた。五十嵐刑事はテーブルを挟んだ凛の向かいにドカッと座ると大きく息を吐く。そうしていうか言わないか迷った後、何かを決意したかのように真っ直ぐに凛を見つめて口を開いた。


「真宮、よく聞け。お前が今日見た〝影″……俺は似たやつを知っている。」

「え…?」


五十嵐刑事の声は低く、震えていた。


「真宮宗吾さん。___お前の父親が追っていた事件だ。通称「観察者事件」。」

「観察者……。」


一瞬、ミラのいるスマホの画面が揺れた気がした。


「お前の親父さんも、何者かに〝見張られ続けていた″。その結果…殉職してしまった。…俺もその場にいたんだ。」

「!!なんッ…どうしてそれを、今まで…!」

「言えるわけがないだろう!お前が同じ目に合うのが怖かったんだ…!」


凛は言葉を飲んだ。五十嵐刑事は一呼吸置き、続けた。


「真宮、これはストーカー殺人じゃない。観察者事件と同じ観察者の手口だ。犯人は____お前の行動を全部見ている。」


凛の心臓が大きく跳ねた。


「ちょっと…まって…その観察者事件って何?」


混乱する中で、父親が関係した事件について凛は恐る恐る尋ねた。父の死は殉職は…まさか…殺されたの?


「観察者事件とは今から数年前に東亜市で起こった連続殺人・失踪事件だ。被害にあったのは数組の家族と1人の少年だった。観察者事件の共通点は5つ。①現場の鏡・ガラス面が異様な角度に調整される。②外部の監視カメラの死角が作られる。③被害家族の動線や日常が完全に、把握されていた形跡だけが残る。④被害者の心理が徐々に壊されていく。⑤最後に、鏡一枚だけがのこされる。…宗吾さんはその事件の確信を掴みかけていたんだ。あの日も、事件の重要参考人と会いに行くと言っていて、俺も同行した。…目的の場所に付くと、中学生くらいの子供が一人いて、宗吾さんはソイツと二人で話すからと別の部屋に…。」


五十嵐刑事がグッと目頭を押さえた。


「何分待っても出てこないから、俺もその部屋に押し入ったんだ。そして、部屋の中央で倒れている宗吾さんと、割れた一枚の手鏡を発見した。」

「その男の子の名前って……?」

「……誰にも言うなよ。」

「わかってる。」

「…ソイツの名前は羽村一成だ。」


その瞬間、凛の元にミラの声が響いた。


『羽村一成!?その子があの、見られているって言ってた男の子よ!あぁ、あぁぁッ…思い出したわ!私、あの子…に…!』


!?

「ちょっ…!ミラッ?」

「ミラ?どうしたんだ急に?」


ミラノ絶叫が聞こえて凛は思わず声を上げた。彼の声は凛にした聞こえないため向かいに座っていた五十嵐刑事は驚いて小さく仰け反る。その様子にハッとして凛はすぐに体制を戻して平静を装った。


「大丈夫…ごめん。」

「ほんとに大丈夫か?…まぁ、こんなことがあった日に親父さんお事件を聞かされたんじゃ動揺するのも無理はないが…。」


五十嵐と話しているうちにミラの声がピタリと聞こえなくなった。それに不安を覚えつつも、視線で五十嵐刑事に話の続きを促した。


「…羽村一成はその後忽然と姿を消した。名前だけは宗吾さんのメモから見つけられたが、その記録はすべて消されていた。それ以来事件は謎に包まれていた。」

「…それ以来観察者事件は起こっていないの?」

「ああ。不思議なことにぱったりと犯行は止まった。宗吾さんが関係しているのかはわからないが…。だが、今回の事件で再び『鏡』が登場した。…犯人は宗吾さんの事件と同一人物か、それとも模倣犯かわからないが…お前が狙われている事だけはわかった。」

「…お父さんと一緒に会った手鏡…見たい。」


思いもよらない発言に五十嵐刑事はグッと息をのんだ。自分の父親が死亡した原因かもしれない鏡を見たいとは…。そう言った凛の心情を図り切ることはできないが、細い体でしっかりと胸を張り、こちらを見るその表情があの日の宗吾と重なって、五十嵐刑事は自然姿勢を正した。


「…それは出来ない。」

「なんでよ!?」

「当時の事件ファイルと証拠品のほとんどが紛失している。」

「…え…?」


いつもの五十嵐刑事の意地悪と思って詰め寄った凛は肩を落として告げる彼の姿に瞼を見開いた。事件の捜査ファイルや証拠品は厳重に保管されているはずなのに…?


「警察の過失言われてしまえばそれまでだが、宗吾さんの時間から一週間後、観察者事件にまつわる全ての関係書類や証拠品が保管庫から姿を消した。当時の署内ではずいぶんな騒ぎになって徹底的な捜索が行われたが、犯人の痕跡も何も見つけられていない。…すまない。」


最後に落とされた小さな謝罪に凛の胸がキュウっと締め付けられた。

別に五十嵐さんが悪いわけじゃない。そう思ってはいても素直に言えない自分はまだ子供で、父を死に追いやった事件や犯人の事を隠していたことを許してやれないのだ。


お互いに何も言えないまま沈黙がながれる。カチコチと無機質な壁かけ時計の秒針の音が室内を満たしていた。そんな永遠にも感じられる沈黙を破ったのは五十嵐刑事だった。


「…今日はもう遅い。近くのビジネスホテルを抑えておいた。しばらくはそこに泊まるといい。」

「は?ちょっ、勝手に決めないでよ!?」

「あんなことがあった部屋にお前を帰せると思うのか?そんなことをしたら宗吾さんに殺される。」


ここで父親の名前を出されては凛も強くは誰れない。確かに犯人の監視下に置かれている部屋に帰るのは嫌だった。


「でも、荷物だって何にも持ってきてないし…。」

「お前を保護したときに婦人警官に適当に荷物を持って来てもらっている。ノートパソコンや貸出しているファイルもな。」

「…いつの間に…。」

「フンッ…わかったらさっさといけ。」


お礼を言おうと思ったのに偉そうに吐き捨ててそっぽを向いた五十嵐刑事に凛は、少し腹を立てながら部屋をでた。…それが彼なりの曲がり曲がった優しさ何だと少しわかった気がしていた。




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