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捜査一課を出た後、凛はエレベーターに乗り込む。ドアが閉まる直前、遠くにいた五十嵐の視線が刺さるが凛は平然と真正面からその視線を受けた。五十嵐は眉を顰め、そのままドアが閉まった。


『は~やっと二人きりになれたわねぇ。あの刑事、相変わらず感じ悪くて…素敵だわ。』


エレベーターの鏡越しに聞こえたミラの声に凛はジトッと鏡に映る自分を見つめる。


「褒めてないよね、それ。」

『…どうかしらね…。でもまぁ、風間っちは素敵よね!』 

「はぁ。ミラってば初めて風間さんに会った時からそればっかりじゃない?恋愛対象もやっぱり男なわけ?」

『んふ。そこはノーコメントよ。』


ミラとの会話に凛は小さく笑いながらも、胸の奥に刺さった違和感が消えなかった。

ベッドの脇、鏡の角度、無駄のない整頓。そこに漂うストーカー〝監視者の残り香″。

犯人はいったいどんな人なんだろ。

エレベーターが一階に付くと、外のガラス張りの自動ドアにもミラの声が響く。


『ねぇ凛、被害者の部屋の鏡…妙だったのよ…。』

「妙って?角度とか?まぁ、小型カメラが仕掛けられていたわけだし…」

『そうじゃないのよ。アタシがね、その鏡を見た瞬間、頭がズキンとしたのよ。なんていうか……〝ああ、またこの感覚だ″って。』

「え?」


凛は歩みを止めた。ミラが自分から記憶に触れるのは珍しい。


『ほらアタシさぁ、鏡になる前の記憶がないって言ってるでしょ?でもね…最近、ときどき思い出すの。誰かの顔…影みたいな。あれが今日の鏡と重なってるのよ。』


真宮の背筋がゾワッと粟立つ。


「ミラ、それって__」

『まだわかんない。でも、この事件アタシの失われた記憶に近いものがある気がする。』


凛は何も言えなかった。寒くもないのに体が震えて背筋が凍る。

ミラの記憶が…事件に?

風が強まり、ガラスの表面が淡く揺れたのを凛はただ見ているだけだった。


自宅までの移動の途中で風間からもらったファイルを見る。

被害者の投稿の頻度は事件の日が近づくにつれて少なくなり、ところどころに〝誰か″に向けているような言葉も見られた。次に容疑者の資料を読み進める。どれと言って特出したようなことはなく、誰もが怪しく見えてくるが…。凛はある一人の人物の所で視線を止めた。

アカウントも確認し、その人物と被害者のやり取りを確認しているところで、地下鉄は自宅最寄りの駅に到着したようで、凛は仕方なくファイルをカバンにしまった。


凛の自宅は、雑多な商店街の奥にある古いアパートだ。昼間でも廊下が薄暗い。会談の金属の手すりが鈍く光り、そこからミラの声がした。


『あの被害者、やっぱりストーカーによる心理的迫害を受けていたわ。行動の変化、投稿のトーン…気づいた?』

「うん。最近のSNS、やたら【孤独】【不安】ってワードが増えてた。…誰かに依存し始めてるみたい。」


ミラは地下鉄の窓を通して、凛のファイルを見ていたようだ。その中で少し引っ掛かるワードがあった。


『ねぇ、あの容疑者リストにいた〝篠原蓮″って男の事なんだけど…。』

「え?ああ、あのIT関係に務めてるって書いてあった人ね。それが、何?」

『篠原が通っていた小学校…どこかで聞いたことがあるの。』

「えぇ!?それって…どういう事?」

『わからないわ…。でも、多分だけど、犯人は篠原だと思う。』

「…そっか。私はまだわからないかな…。」


いままでミラは私が暴走したり突っ走りそうになると冷静に諭して、軌道修正してくれた。でも、今回はこんなに簡単に容疑者を断定しちゃうなんて。

普段と違うミラの行動に凛は驚きを隠せなかった。それでも、ミラの記憶がかかわっているなら__と凛は何にも言わなかった。

凛は自室に入り洗面台に向かう。鏡の前に立つと、ミラの声が一気にクリアになった。


『ところで、凛、今日の事…アンタ無茶したわよ。』

「そうかな?」

『ストーカー系の犯人はね、些細な変化にも敏感なの。被害者の部屋に知らない人が入っただけで、〝自分の世界が乱れた″って逆上するのよ?』 


…いつも思うけど、ミラの人間に対する異常な分析力とか精神的な思考とかどこから来るの? 凛はそう思いつつも言葉に出さずにあいまいに返事をする。


「逆上ね…。」

『そう、そして新しいターゲットを探すの。』


二人の間に沈黙が落ちた。そして凛は息をのむ。


「…やっぱり、私とか?」

『アンタの行動、今日たっぷりカメラに映ったわよ。相手が部屋を監視していたなら、【凛】って存在をもう知っているかもしれない。』


ミラノ声が、急に低くなる。


『凛、くれぐれも気を付けなさい。アタシ、嫌な予感がしてしょうがないのよ。』


凛は鏡を見つめ思う。

どうしてそんなに心配してくれるんだろう。そんな凛を見ながらミラは息を吐くようにささやいた。


『…失いたくものが…あるのよ…。』


その瞬間、鏡の奥から微かなノイズが聞こえる。

キィ___ン___!

それに合わせてミラが声を詰まらせた。


『__まただ…。また…〝誰かの叫び声″見たいな音がする……ああぁッもう!思い出しかけてるのに……!』


凛は鏡に触れた。何も感じない。ただ鏡の中の自分の手が重なるだけ。何かしてあげたい。でも、触れることすらできない。もどかしさが凛に積もっていく。


「ミラ!大丈夫?」

『…平気よ。ごめんね、ちょっと取り乱したわ。でも、私一つだけ思い出したの…。』

「え?」

『私、どうやら精神科医をしていたみたい…。』

「それって___!」


凛の手を映す鏡面が、ほんの一瞬だけ動いた。

!!今までなかったことに凛が瞼を見開く。ミラの記憶が戻れば…もしかしたら…。淡い期待を抱きそうになったその時___スマホが震えた。


【非通知番号】


「何?」

『出ちゃダメッ!凛!!』


ミラの鋭い声が飛んだが、凛は通話ボタンを押してしまう。仕事に依頼なども非通知の時があるので習慣づいてしまっていた。


「はい……真宮です。」


一瞬の静寂。そして____


『………見てたよ。』


氷のような冷たい声が凛の鼓膜を揺らした。


『キミ、きれい……だね。』


凛の手がぶるぶる震え、握っていたスマホが落ちた。ミラがすぐさま怒鳴りつける。


『凛!!すぐにドアと窓鍵かけて!カーテンもッ!!』


その声に弾かれたように凛は駆けだした。ドアト窓を施錠し。カーテンを引く。


『チッ!…間違いない…アイツ、凛を見てるわ。』 


凛の胸に今までとは違う恐怖が走った。


_____犯人は、すでに凛をターゲットにしている____


雨はますます強くなっていった。



五十嵐は、モニター室の机の上に顔を伏せたくなった。

被害者の部屋に漂っていた〝異様な静けさ″。あれは昔、凛の父はかかわった事件にも会った気配だった。

凛の父は元刑事で五十嵐の新人時代の上司だった。数年真野ある事件で殉職し、そこから何かにつけて残された彼の娘である凛を目にかけてきた。今までいくつかの事件に頼んでもないのに首を突っ込んできて…。何とか解決はしているが、彼女が危ないことをするたびに、彼女の父親の最後がフラッシュバックしてしまう。

…自分が止めていればあの人は死ななかった…。

そんな思いから、守りたいのにどうしても酷い言葉を浴びせて、傷付け、突き放してしまう。


「五十嵐さん。今日の現場、また民間の探偵が来てたんだって?」


沈む背中に同僚から声が掛かった。


「…ああ。」

「真宮凛って子でしょ?若いのに度胸あるよな。」


五十嵐は舌打ちをして同僚を睨みつける。


「アレは度胸じゃない。危険がわからないだけだ。」


そして父親に似すぎている…。

心の中でそうつぶやいた。

突然、ぼんやりと映していたモニターに目を止める。街中に設置された監視カメラの映像に映る真の後ろ姿。その背後数メートルを歩く_____影……。

顔は映らないが、歩幅も視線の落とし方にも五十嵐には見覚えがあった。

……また、アイツの手口か!?

知らずに拳を握る。


「真宮…どうしてお前は、危険な男ばかり呼び寄せるんだ。」


画面から目を話せないまま、五十嵐の胸には焦燥にも似た〝守らなければ″という衝動が湧いていた。



夜の東亜市は強い雨が降りネオンの光が滲んでいた。

凛は自室のカーテンを締め切ったまま机に向かい、犯人からの電話の声の震えを思いだしていた。

あの話し方…声…あれ、絶対に私を〝見ながら″言ってた。

机の上に置かれた写真たてのガラスの反射が揺れる。それは亡き父と取った最後の写真だった。


『凛、落ちつきなさい。呼吸が乱れているわよ。』


ミラの声が静かに凛を包む。


「ありがとう、ミラ。」


凛は深呼吸しながら、机に置いたノートとファイルを見た。被害者のSNSのログ、フォロワー、DMの痕跡。どれも気のいい数字で何らかの法則性を持っているようにすら感じる。それはとても不自然に整理され過ぎている。


『整い過ぎた部屋と同じね。犯人の手がどこまで届くのか試している感じ。』

「試してる…?」

『きっとその整い過ぎた数字は全て犯人の仕業よ。被害者に心理的迫害を与えることで、自分に依存させるのよ。そして、被害者の全てを支配出来るようになる…いえ、支配することが犯人には快楽なのかもしれないわ。…アンタの反応も含めて。』


凛は知らずにペンを握り締めていた。恐怖が再び足元から忍び寄る気配がする。


「嫌だなぁ…。こういう監視される間隔。」


務めて明るい声で言えば、ミラは逆に低い声で言った。


『……嫌で済むなら、まだ軽症よ。』


その言葉に凛は違和感を覚える。


「ミラ、また何か思い出したの?」


凛の声に写真立てのガラスの反射が揺らいだ。


『今日、ずっと頭の奥がチクチクするのよ。今までこんなの感じたこと無かったのに。……まるで古い痛みが開いて来るみたいで。』

「古い痛み?」

『精神科医だったころね、1人だけ特別な患者がいたの。アタシが……最後まで救えなった子。』


凛は息をのんだ。こんなにハッキリとミラが昔を思い出しているとは思いも寄らなかった。


「名前、覚えてる?」

『覚えてない。顔も、声も、状況も全部かすんでる。でも…一つだけ覚えているの。』


ミラは言葉を切る。ゆっくりとミラが息を吸うような感じがした。そして、静かに言った。


『その子〝ずっと見られている気がする″って泣いてたのよ。』


その言葉を聞いたとたんに凛の血がサーと引いていく。


「今の私と、同じ……?」

『ねぇ、凛。今日の現場の鏡、あの角度……アタシ、あの子の診察室の鏡と同じだと思ったわ。』


診察室。

患者。

監視。


凛は背筋が詰めたくなるのを感じた。

ミラが失った記憶と、今回の事件……繋がってる?


カタッ…


その瞬間、外から微かな物音がして凛は飛び上がる様に振り返った。


「い、今の音…!」

『窓よ。カーテン越しの向こう。凛、近づかないで。』


冷静なミラの声に凛は唇を噛む。何もできずに恐怖に震える自分が情けなかった。


「五十嵐さんに電話……。」

『それも危険よ。通話中に位置情報を拾われるかもしれない。』

「じゃあ、どうすれば……!?」


ミラは一瞬だまり、短く言った。


『反射面よ!外が暗い夜は室内をテラス光がガラスの鏡面で反射して、外の暗い景色よりも強くなるから、鏡のように映し出されるはずよ。カーテンの隙間、少しだけ開けてガラスに映った〝揺れ″を見るの』

「…わかった。」

『でも近づくのは危険だからモップの柄を使ってちょうだい。』


凛は震える手でモップを持ちゆっくりとカーテンを開く。細い隙間から見たガラス窓には、自分の顔と___その横に〝何か″が映った。

黒い影。動いている訳ではない。ただ、そこに〝いた″。

凛は息を止めた。鼓動が煩くて呼吸の仕方がわからない。足が震えモップを持つ手に力が入らなくなっていく。すると、影はゆっくり、ゆっくりと後ずさるように消えていった。


『凛!今すぐにカーテンを閉めて!』


ミラの声に凛はモップから手を話す。カーテンは閉じて、モップが床に転がる音だけが静かな部屋に響いていた。流行る鼓動と恐怖を抑えながら凛が洗面台に近づく。ここにいればミラがすぐ近くに感じられて僅かな安心を凛に与えていた。


「影…いたよね…?」

『ええ。アレは人間かどうかもわからないけど……少なくとも監視していたのは間違いないわ。』

「嘘…。」


絶望に染まるリンに、ミラが低く確信を込めた声で言う。


『凛。アイツもう〝観察″を始めたのよ。…アンタの生活を、心を、全部。』


凛の手が震える。こらえきれない恐怖が溢れて止まらない。

私が…本当に狙われている…。


その時、スマホが再び震えた。飛び上がるほど驚いた凛が恐る恐るスマホを確認すると画面に【五十嵐刑事】の文字が浮かび飛びつくように手に取り電話に出た。


「五十嵐さん!」

『真宮。しばらく家から出るな。そこから三つ先の路地、カメラの死角に不審な男がうろついている。…お前の家のほうに向かって徐々に近づいている。』


凛は息を詰めた。


『これからすぐに向かう。いいか、絶対に外に___ブツッ!』


その瞬間、通話が突然切れてしまう。そして、ノイズが走った。それと同時にミラが叫ぶ。


『凛!!電波妨害よ!これは偶然じゃない、完全に狙われてる!』


凛の心臓が激しく脈打ち、恐怖がかけめぐる。


「どうすれば…どうすればいいの、ミラ!」


次の瞬間、鏡の奥が強く揺らぎミラの声が震えた。


『…守るわ。凛だけは___絶対に……!』


凛は鏡に手を伸ばす。

大丈夫私は独りじゃない。ミラがいる。いつも冷静で、いろんなことを教えてくれる最高・最強のパートナーがいるんだから。

鏡に映る自分の顔を見て、手を重ね合う。映っているのは自分なのに、そこにミラがいるような気がした。


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