007話 5月10日#07 〜解説:『星霊使い』と『石』〜
「……はい。お茶」
夕飯を食べ始める前に俺はそう言って、レイに紙のコップを差し出した。
「おお!気が利くな!」レイはコップを受け取り、ごくごくとお茶を飲み込んだ。
「おかわりはあるから、飲みたいだけ飲んでいいからな」
「ほーい!」
――にしても。
こんなふうに誰かと食事を共にするなんて、久しぶりじゃないか?
何だか偶然にして、昔を思い出す貴重な体験をさせてもらってる気がする。
「なあ、レイ」俺はお茶のおかわりを注ぎながら言った。「さっきの『星霊使い』とかいう人たちについて、もう少し詳しく説明してくれないか?」
「詳しく?」
「まず、『星霊』って何だ?」
「星座の精霊」レイはうーんと考え込んだ。「こことは別の世界に住んでいる88人の精霊……」
――『別の世界』って、簡単に言うけどねえ……
「じゃあ、『星霊使い』は……?」
「そのうちの12人の星霊の元で修行した12人の変人たち……」
「自分で『変人』って言うなよ」
レイは2度目の「うーん」をつぶやいた。
「他の星霊使いがどんなふうに修行したかはよくわからんのだが、私自身は『おひつじ座の星霊』に、直接魔法を習った」
「あのすごい魔法を?」
「うむ。『すごい』の基準はよくわからんが――もう一杯くれ」
――お茶のおかわりを催促してきた。
「『おひつじ座』……」俺はまたお茶を注ぎながら考え込んだ。「何か聞いたことあるな、その名前……」
「占星術で使われるからな。たぶん結構有名な星座だ」
「占星術?よく雑誌の最後のページに書いてあるやつか?」
「おそらく、それで合っていると思う」レイはコップを受け取った。「今週の運勢は、『おひつじ座』の人は良くて、『おうし座』の人は最悪、みたいな……」
「それだよ、それ!」その例で人知れずちょっぴり傷ついたが、何も言わずにやり過ごした。
「まあ、あの占いが当たるかどうかはともかく。『星霊の世界』にはその『十二星座』の星霊がいて、我々『星霊使い』の『義理の親』兼『師匠』としてビシバシ教育する係になっている」
レイは、またまたコップを差し出してきた。
「その占いの『星座』がどういう法則で決められているか、知ってるか?」
「い、いや……」俺は首を振った。
「……あー。やっぱり、普通は知らないものなんだな」
「……だと思う」
――占い師は別だろうけど。
「うーん……」
レイはぼけーっと天井を眺めた。
「太陽が1年かけて、天球上――つまり見かけ上――地球の周りを1周回っていて、1年後に同じ場所に戻るんだが、その道『黄道』を12等分して、1つひとつに、黄道上の星座の名前をつけた。それが『十二星座』」
「12等分?」
「ああ。だから占いに使われる『十二星座』は、夜空にある星座の『名前』と『順番』だけ借りてて、あとはほとんど関係ない」
――そうなんだ。
「雑誌の占いでは、生まれた時に太陽があった星座ごとに運勢が書いてあるんだが……実は本格的な『占星術』では、月とか惑星とか『太陽以外の星』のある場所の星座も考慮する。つまり『太陽星座』だけじゃなくて、『月星座』、『火星星座』とかもある」
「つまり雑誌の占いは『間違っている』ってこと?」
「『精度が粗い』と言った方がいいと思う」
レイは俺からコップを受け取ると、急に俺の顔をじっと見つめてきた。
「……何だよ?」
「生まれの太陽星座……『てんびん座』か?」
「い、いや。違う……」
「じゃあ、月星座は『てんびん座』?」
「そんな、生まれた時に月がどこにあったかなんて、知るわけないだろ?」
「……いや。絶対『てんびん座』だ」レイはそう言って、お茶をごくごく飲んだ。「『てんびん座の石』が反応したんだからな」
「『リブラの石』……この緑色の石のことか?」
俺はそう言って、テーブルの脇に置いてあった石を取り上げた。
「それは、てんびん座の『石』だ。太陽か月の星座がてんびん座の人しか使えない魔法を使わせてくれる」
「魔法?」俺は首を傾げた。「さっき俺、使ってたっけ?」
「呪いの言葉の意味が理解できた」
「え?いや確かに『吸い取る』とか『奪う』とかいう声は聞こえたけど……」
――それって魔法なの?
「ああ、そうだ。……あれは大昔、まだ『太陽の神』も『月の神』もいなかったはるか昔の時代に使われていた言語だ」
――やっぱり『太陽の神』っていうのもいるんだ。
「それを理解できるのが、その『石』の力」
「……そんな『呪いの言葉がわかる石』なんて、持っててもしょうがない気がするけど……」
「いやいや。正確に言うと、『魔法全般で使われている言葉がわかる石』だ」
俺は目を丸くした。
「『魔法全般』って……それなら、世界中に理解できる人がいっぱいいるんじゃないか?」
「あー。たいていの魔術師は、発音をただ丸暗記してるだけだ。専門家でも、一部の魔法に使われている単語の意味しかわからない」
「え、そうなんだ……」
「魔法の勉強、したことがないのか?」レイは不思議そうに言った。
「ないよ。どうせ使えるようにならないし」
「ふむ、そうか……」レイはコップを差し出した。「それなら、その『石』の魔法はかなり使えると思うぞ。大事にするんだ」
「……いや、ちょっと待って」俺はレイの手の中のコップを指さした。「一体何杯飲んでんだよ」
「水も持ってなかった。だからのどがカラカラ」
「……眠れなくなっても知らないからな!」
俺はレイのコップにお茶を注ぎながら、心の中で「古代の言語がわかるだけって、一体何の役に立つんだろう……?」とぼやいた。
だいたい『春分の日』が『おひつじ座』の始まりで、そこからほぼ12等分して星座の名を当てはめたのが、占星術で使われる『星座』です。年によって、星座の区切りの日付がちょっとだけずれます。




