004話 5月10日#04
もう、何が何だかさっぱりわからない。
『幼虫』はその場で苦しそうにもがき、周りの建物にぶつかって壊しまくっていた。
――対する赤マントは、呑気にうーんと首を傾げていた。
「さすがに神様相手じゃ、あんまり効いてない気がする……」
「……え?か、かみ……?」
「キイイイイイィィ……」
『幼虫』は突然暴れるのを止め、その場でしばらく動かなくなった。
あたりはしんと静まりかえっている。そしてその静寂の中で、小さくも暴力的な言葉が聞こえてきた。
『ソノ力はキサマのジャナイ。返せ。奪え。食い殺せ――全ての力を返せ!』
『裏切り者……キサマなんか、この世に必要ナイ。この国の神は、我だけでヨイ』
『消えろ……全てを我に返せ……全ては我のモノだ……』
――何だか、呪いの言葉みたいだ。というか、実際呪いなんだろう。何となく、『幼虫』の後ろ脚の付け根あたりから聞こえてくる気がする。
――あ、よく見ると、白っぽい破片みたいなのが刺さっている。
『その楔は、キサマの罪の重さを表す』
『吸い取れ、吸い取れ!神の力を、全て我が手に!』
『奪え、奪い返せ、食い殺せ!キサマに必要なのは……』
「ギイイイイ!!」
突然『幼虫』が復活し、周囲の建物に頭を打ちつけ始めた。赤マントは飛んでくる破片をかわしながら、俺のすぐ横まで飛んできた。
「その石から、何か力を引き出せそうか?」
「……よくわからんが、さっき呪いの言葉みたいなのが聞こえてきた」俺は赤マントの方を振り返った。「あいつの力を『吸い取る』って。何となく、右の後ろ脚についてる白いやつから聞こえる気がするんだが……」
「なるほど」赤マントは頷いた。「右の後ろ脚か。ありがとな」
その時、空から明るい光が降ってきた。太陽が月の陰から顔を出し始めたようだ。赤マントに、一筋の光が当たっている。
その瞬間、俺は目を見開いた。赤マントのフードがいつの間にか外れていて、その顔がマントの外にさらされていた。
赤マントは女性だった――赤茶色のミディアムヘアと明るい緑色の目を持ち、耳にランプの形をした変わったピアスをつけている。年齢は、たぶん俺くらい――20歳前後だ。
赤マントは剣を握りしめ、『幼虫』に向かって飛んでいった。
「ギイイイイ!!」『幼虫』は、歯ぎしりみたいな音をたてて、赤マントの方を振り向く。
だが、赤マントは『幼虫』が吐いた糸を軽々とかわし、『幼虫』の体の右側に回った。
そして魔法の名前を宣言しながら、剣の切っ先を後ろ脚の付け根に向けた。
「『クリムゾンブレス』!!!」
剣から赤い炎が豪快に噴き出し、『幼虫』の後ろ脚に直撃した。『幼虫』は「ギイイイイィィイイ!!!」と、ひときわ大きな声を上げ、体をのけぞらせた。
その時『バキン!』と、何かが折れるか、壊れるかしたような音が響いた。そして、燃えている『幼虫』の後ろ脚からボロボロと白い破片が落ちてきた。
白い破片は空中で砕け散り、『幼虫』は地面に倒れ、動かなくなった。
「ふむ、終わったか」『幼虫』の様子を見ながら、赤マントはつぶやいた。「これでもう、暴れなくなるだろう」
赤マントは地上に降り、剣をどこかにしまった。というか、剣が突然消えた。
「あ、あのー……」俺は赤マントに歩み寄って、恐る恐る声をかけた。「この『石』、一体どうしたら……?」
俺は、彼女から「持ってて」と言われた『石』を見せた。
「うーん……」赤マントは少し考えてから言った。「……あげるよ」
「え?」俺は目を丸くした。
「その代わり……」
赤マントは手を合わせて、拝み始めた。
「今夜、あなたの家に泊まらせてください!」
「…………はああ!?」




