031話 5月13日#09
俺はエラを立ち上がらせると、レイの方を振り返った。
「レイ、サンキューな!」
「……え?」エラは不思議そうな顔をした。
「俺たちに当たりそうな攻撃を全部防いでくれてた」俺はふっと笑った。「それ気づかないなんて、やっぱりお前、戦いに向いてないな」
俺はエラを連れて、ビルの端までやって来た。下は真っ暗で、何も見えない。
「……え?まさか……!」
逃げ出そうとするエラの腕を掴んで、俺の方へ引き寄せた。
「ちょっ!離し……!」
「協力してくれれば、死なずに済む」
「イヤ!待って!!」
俺はエラを腕に抱くと、柵を乗り越え、大きく跳んだ。
俺たち2人の体は、重力の影響で落下し始めた。
「きゃあああああ!」エラは怖くて、俺の首に抱きついてきた。
「下に向かって魔法を使え!」俺は叫んだ。「絶対大丈夫だ!俺を信じろ!」
「いやああああ……の、『ノイズ・シャットアウト』!!」
俺の足元に、何かが当たる感触がした。
突然落下が止まり、今度は上の方へ跳ね上がった。まるでトランポリンのようだ。
「きゃああああああ!!」これはこれで、かなり怖かったらしい。
「もう一度だ!」再び落下し始めたので、俺はエラに指示した。
「『ノイズ・シャットアウト』!」
もう一度トランポリン現象が起きて、俺たちは跳ね上がった。
俺たちは何度も落下し、跳ね上がるのを繰り返した。やがて、俺は1メートルくらいの高さから、地面の上に降り立った。
地上には、たくさんの人が1つのところに固まっていた。エラを地面に下ろすと、1人の男性がこちらに近寄ってきた。
「エラ!」
「パパ!」
エラとロイ・リミド氏は、互いに抱き合った。
「「良かった、無事で……!!」」2人は同時に同じ言葉を叫んだ。
ロイ・リミド氏は俺の方を向くと、「娘を連れてきてくれてありがとうございます!」とお礼を言った。
「ど、どういたしまして……」こんなにまっすぐ言われると、ちょっと照れくさい。
エラは少し考えてから、自分の首からネックレスを外した。
「……エラ?」
「約束どおり、これあげる」エラはネックレスを俺の手のひらの上に置いた。「やっぱり、これは私じゃ使いこなせない」
「……そうか」俺はネックレスを受け取った。「サンキューな」
俺は上を見上げた。緊急事態で周囲の低めの建物――たぶん、採掘した石の加工場――が全て操業を停止しており、地面付近を覆っていた黒い煙は消えてなくなっていた。
空にはキラキラと星が瞬いていた。ぼんやりと空を見つめながら、俺は次に何をしたらいいのかと思考を巡らせた。
その時、センタービルの屋上で派手な爆発があり、燃えた破片がばらばらと地上まで落ちてきた。そちらに目を向けると、屋上から白いものが落ちてきた。
白いものは地面付近まで落ちてくると、ふわりと浮かんでから着地した。人々がざわめく中、白いものを脇に抱えているレイが、俺に向かってサムズアップしている姿が見えた。
「勝った」
「そうか……」俺は気が抜けて、地面に倒れそうになった。「……っと!そうだ!これ、レイが持ってて」
俺はそう言って、レイにネックレスを渡した。
「おう!じゃ、カイトはこっち持ってろ」代わりに、何かを包んだ白い布を渡された。
「これは……?」
そして、はっと思い出した――月の神を何かの布で包んだまま、地面に下りてしまっていた。
思えばその布は、テントに張る分厚い布だった。そこに落ちた時のことを思い出し、俺はレイにジトッと目を向けた。
「俺たちを屋上まで打ち上げたのって、レイだよな?」
「……さ!そろそろ寝るか!」話を逸らされた。「一仕事終えて疲れた。早くホテルのベッドで休みたい」
「いや、ちょっとまっ!」
「うーん!今日もきれいな星空が見えるね!最高!」
「話はまだ……!」
「ホテルがある建物って、どれだっけ?」
「……おいコラ。方向音痴が勝手に動き出すな!」
「……あ!あの!」エラは俺に呼びかけた。「あなたこそ、ありがとう……」
「また会えるといいな!……それじゃ!」
俺は、呆然と見つめる人たちの目線から逃れるように、その場を去った。後ろでエラが何かをつぶやく声が聞こえたような気がしないでもなかったが、結局振り返らずにレイの後を追った。




