002話 5月10日#02
俺ははっと目が覚め、がばっと体を起こした。周囲を見渡し、自分の現在の状況を把握して、がっくりと肩を落とした。
「夢だった……」
俺は、海に近い公園のベンチに横たわっていた。あまりのショックで、頭を抱えて呆然とした。
――現実世界で数時間前のこと。夢の中では俺を見直した女性――実は、俺を闘技士として支えてくれているスポンサー――が、『ダメダメ脳筋バカ』の嫌味と共に言い放ったひとことが、俺の心にぐっさりと突き刺さっていた。
「来月の試合で魔術師に勝てなかったら、支援を打ち切るよ。言い訳は聞かないから」
――つまり、俺は職を失う危機に立たされている。
「はあ……そう言われても……」俺はため息をついた。「どうしようもないだろ。俺には魔力がないんだから……」
俺は、魔法適性がまったくない。魔法が使えないどころか、魔法に当たったらもろに大ダメージを喰らってしまう。
彼女には「せめて魔法のことを勉強して、対策を考えておけ」とか言われたけど、魔法に関する本を読んでも、頭の悪い俺にはさっぱりわからない。
学生時代はそれでも通用していたのだが、グラディアトルとしての経験が豊富な魔術師は剣士対策をバッチリ立てている。俺ではまるで歯が立たなかった。
「まあ、開始3分足らずで負けた俺が悪かったんだけど……あんな言い方はないだろ……」
俺は、ぶつぶつ独り言をつぶやいていた……
「きゃああああ!!」
「わあああああ!!」
――あれ?そういえば、どこからか悲鳴が聞こえてくる。
夢と現実の差の衝撃で忘れていたが、よく考えれば、夢から目覚めたのは大きな音が聞こえてきたからだった。
通りの方を見ると、多くの人が走って何かから逃げている。俺は首を傾げ、人が走っていく方とは逆の方を覗いてみた。
あたりは薄暗く、すぐそこにあるはずの海も暗くてよく見えない。それなのに、人々をパニックに陥れた『何か』は白く光っていて、その姿がよく見えた。
――あれは……何だろう?カブトムシとか、チョウとかの『幼虫』みたいにニョロニョロしている巨大な生物が、海の方からこちらに向かってやって来ていた。
少し観察して、俺は突然、あることに気づいた。
「え……ちょっとデカすぎじゃね?」
その生物は、海の上に浮かんでいるわけではなかった。巨体が海に浸かっていて、そのほぼ全体が、水面の上に出ているだけのようだ。
『幼虫』は、こちらにじりじり近づいてきた。そして、突然口から糸を何本か吐き出した。
糸は海岸に建てられた赤いレンガの倉庫にくっつき、『幼虫』は糸を手繰り寄せて、大量の海水と共に陸上に上がり込んできた。
――ガラガラガラ……!!!
レンガの建物は、近くの他の建物と一緒に崩れ、『幼虫』の下敷きになった。俺は海の方から目を逸らし、他の人と同様、その場から逃げ出そうとした。
――ところが、
「キイイィィイイイィィ!!」
『幼虫』は奇妙な音を立てた。
「……?」
――俺は、すぐに反応して動くことができなかった。
――バリバリバリバリバリ!!
『幼虫』は光線を吐き、それが周辺の建物に当たった。壁がえぐれ、窓ガラスが割れて、道端に捨て置かれた馬車が燃え上がる。
――そして、
「ぐあああああ!!!」
――光線は、俺に直撃した。
俺は一瞬意識を失いかけたが、何とか気を保つことができた。
だが、地面に倒れたまま、立ち上がることができない。
震える体を何とか起こそうとしていると、すぐそこに、誰かの落とした懐中時計があることに気づいた。示していた時刻は、1時半。
「……もしかして、昼なのか……?」
確かに、公園のベンチに横になったのは正午過ぎなので、それからまどろんで夜の1時半ということはないはずなのだが――結構暗い。
俺は、太陽があるはずの方角を見た。
――太陽に、何か黒く丸いものが被さっている。
「……あ、そうか」俺はようやく思い出した。「今日『皆既日食』があるんだっけ……」
月に隠された太陽の周りには白いリングがあり、その円の中心から、いくつもの光の筋が伸びている。
「なんだろう?」と見つめていると、その筋のうちの1つが、俺の頭上へ飛んできた。
ぼーっと眺めていると、その筋は消え、突然上空から『何か』が降ってきた。
「……うわっ!」
『何か』は、緑色に淡く光る、大きめの硬貨くらいの大きさの『石』だった。
それが、俺の30センチほど前のところに落ちてきた。
「あ、危ねえ……」
ドキドキしていると、頭上を白い光線がなぎ払うように通っていった――『幼虫』だ。
「……それより早く、逃げねえと……!」
『幼虫』は通りにやってきて、そこら中の建物にぶつかり、壊しながら進んでくる。
俺は何とか立ち上がり、くるりと後ろを向いて、逃げ出すための一歩を踏もうとした。
闘技士は、英語で言うとグラディエーター。闘技場で戦う人のことですね。
闘技場はケレス以外にもありますが、このお話には出てきません。




