015話 5月11日#08−5月12日#01
その夜、寝る直前のこと。
俺は、ベッドに寝そべり読書をしているレイを背に、ピエール33世と昼間の話をしていた。
「……というわけで、その男は飛んでいたんだが、俺もこの『石』持ってたら飛べるようになるのか?」
『それはムリですね』
――ストレートに否定された。
『『石』の力は、それと同じ太陽星座か月星座を持っている人を魔法が使えるようにしてくれますが、その魔法は太陽星座なのか月星座なのかで違うんです』
ピエール33世はライトを緑色に光らせた。
『たぶん、その『ピエール』という人は、太陽星座がてんびん座なのでしょう。だから、『古代言語の解読』とは異なる魔法が使えたんです』
「……そうなのか」空を飛んでみたかったので、ちょっと残念だ。「でもあの男は、どうしてそんなこと知ってたんだろう?」
『ワタクシにもわかりませんが、星霊使いのうちの誰かと関係があるのかもしれませんね。例えば、その人の親族とか』
ピエール33世は光るのを止め、こちらへカメラを向けた。
『ところで、明日旅の用意をすると言ってましたね。何するんですか?』
「まず、管理人にしばらく部屋に帰らないことを伝えて、あと試合のスポンサー兼マネージャーにも連絡して……」それは、どうしてもやる必要がある。「あと、買い物を少し。食料と全国地図と、その他生活用品を……」
『……で、どうやってウラヌスのある方向がわかるんでしょうか?』
「実はさっき、方向音痴でも簡単にわかる方法を思いついたんだ」
『……え?』
翌日の午後。
買い物も昼食もきちんと済ませた俺たちは、『飛空艇発着場』と呼ばれる場所までやって来ていた。
長い柱のようにそそりたつ塔の横から、何本も鉄のレールが飛び出している。時々、そのレールの上を飛空艇が滑って出てきて、そのままどこかへ飛んでいった。
『おお!すばらしいです!』ピエール33世はピンク色の光を放ちながら言った。『これが人間の『魔巧技術』の粋である『飛空艇』の発着場ですか!』
「『粋』っていうか、ただ船を空飛ばしてるだけだと思うけど」
俺がそうつぶやくと、ピエール33世は少し赤い色になった。
『いえいえ!見た目は似ていても、中身は『海の船』と全く異なります!』
「……そういえばピエール33世って、なんか魔巧機械に詳しくないか?」
すると今度は、明るい黄色に光った。
『ワタクシ、最新技術には目がないんです!』
「……それで、飛空艇に変身できるようになったのか……?」
『ハイ!おまかせください!』
その時、会話をしている俺たちの後ろで、地図を見ながらついてきていたレイが口を開いた。
「初めて知ったんだが、この国って海とか草原とか砂漠とかもあるんだな」
『ええ!『イェリナ王国』は、多様な自然に恵まれた豊かな国です!ワタクシ一番のお気に入りです!』
「どんなモンスターが住んでるんだろう?」
『あまり会いたくないですが、ワタクシも気になります!』
――まあ、そこは俺も気になるけど。
「そういや、イェリナって『王国』なんだよな」俺は首を傾げた。「王様ってどんな人なんだろ?一度も見たことないな」
「知らん」
『ワタクシもわかりません』
「……人には興味なさすぎじゃね?」
そんなたわいない話をしているうちに、俺たちは目的の区画へとたどり着いた。奥にはいくつもの係留場が並び、空いていれば乗降場も自由に使える。
14番プラットフォームまでやって来ると、ピエール33世はあたりをきょろきょろ見渡した。
『誰も見ていませんね』
それを確認すると、ピエール33世はプラットフォームの脇のスペースへ、勢いよくダイビングした。
すると、ピエール33世の球状の体がぐんぐん膨らんでいった。あっという間に人よりも大きくなり、細長く伸び、上半分が平らになり……気づけばそこに立派な飛空艇が停泊していた。
「……ん?」ようやく地図から目を離したレイが、こてんと首を傾げた。「こんなのどうやって用意したんだ?」
「ピエール33世だよ。見てなかったのか?」
俺が呆れていると、飛空艇からアナウンスが聞こえてきた。
『準備ができました。まもなく『ピエール号』は出発します。どうかゆっくりと、空の旅をお楽しみください』
そして、船から出てきたタラップが、プラットフォームと繋がった。
「じゃあ、行くか」
俺は気合を入れて、ケレスから旅立つ一歩を踏み出した。
『飛空艇』は、見た目は『空飛ぶ船』なんですが、動力は蒸気機関ではなく『魔法石』を使っています。重量を軽くするためと、浮力をつけるためです。




