012話 5月11日#05
「ね?すごいでしょ?」ピエールはそう言って地上に降り、俺に『石』を返した。「こんなことできるなんて、きっと教えてもらってないですよね?」
「確かに……」
「これは、『ドゥファン様の加護』があるものにしかできない技術です。どうでしょう?その『石』で、自由自在に空を飛んでみませんか?」
「うーん……」
「『ピース教団』に加入していただければ、我々が詳しい使い方を教えて差し上げます。きっとあなたもマスターできますよ!」
「そうか……」
「加入の手続きは簡単です。この紙に名前を書いていただければ……」
「紙に名前……」
俺はぼーっとしたまま、ピエールから紙とペンを受け取った。
「難しいことではありません。『ピース教団』はあなたを歓迎いたします」
「………………」
「どうしましたか?恐れる必要はありません。ただ紙に……ぐほっ!」
俺は素早く紙とペンを放り投げてピエールの懐に飛び込み、腹に鋭い膝蹴りを食らわせた。
――ちなみに俺は学生時代の、剣以外の『槍術』とか『弓術』とか『体術』とかの科目も、1位2位を争うほど優秀な成績だった。筆記科目はボロボロだったけど。
「人の剣を取り上げたまま、そんなことを言うなよ」俺はそう言って、ピエールの手から剣をもぎ取った。
その直後に俺は地面を蹴り、ピエールたちがいるのとは逆の方向へと走り始めた。
「こ、この……!」ピエールは腹を抱えたまま、その場に膝をついた。「追いかけてください!『石』を取り上げるのです……!」
それを聞いたピエールの仲間たちは、一斉に俺を追いかけ始めた。
「ちっ!人数が多い……」団員たちが散開したのを見て、俺は舌打ちをした。「もしあいつらが魔術師だったら……!」
そしてさっそく、俺の目の前に1人が立ち塞がった。そいつは両腕を前に伸ばし、呪文の詠唱を始めた。
「『世界を取り巻く7つの海……その恵みの水は一つの滝となり、天上から彼へと降り注ぐ……』」
「……え?」
俺は急ブレーキをかけた。俺の頭の斜め前に、地面と平行になるように、青く光る魔法陣が現れた。
魔法陣から、滝のように大量の水が落ちてくる。
「うわ!」俺は水に弾かれ、勢いで尻もちをついた。
結構痛かったが、俺はすぐに立ち上がって、前へ突進していった。
水の魔法を放った団員は、咄嗟に俺を捕まえようとしたが、その前に俺に突き飛ばされ、地面に転がった。
「……さっきのは、何だったんだろう……?」
しかし、それから1分もたたないうちに、別の団員が俺の後を追いかけ始めた。
「足、速ぇ!」
その団員は、器用に走りながら呪文の詠唱を始めた。
「『地獄で罪人を包む巨大な火の球……それは前へと飛び、彼の後ろを追いかける……』」
それを聞いた俺は、今度はすぐに反応し、前へ倒れるように地面に伏せた。
数秒後、めっちゃ熱い炎の球が、俺の頭をかすめるように飛んでいった。
「何だろう……呪文の意味がわかる……?」
団員はすぐに俺に追いつき、俺の腕を掴んだ。そして、別の魔法の呪文を唱えようとした。
俺は、相手が呪文に集中した隙をついて手を振り払い、ついでに相手の腹を殴って沈黙させた。
そのすぐ後に、2人の団員が俺を挟み撃ちにしようと近づいてきた。
2人は同時に、呪文の詠唱を始めた。
「『渓谷で吹きすさぶ風……強力な風は彼の周囲で渦を巻き、彼を引き裂く剣となる』」
「『大地に眠る巨大な火山……その恩恵は溶岩となり、彼の足元を溶かし動きを封じる枷となる』」
2つの魔法陣が、俺の足元と頭の上に現れ、光を放ち始めた。
俺はその場でジャンプして、手近な開いている窓の枠に手を引っ掛けた。その直後、地面が溶岩みたいに赤くなり、ぐつぐつと煮えたぎり始めた。
すぐに旋風が、渦を巻いて俺に襲いかかってきた。
「……そうだ!」
俺は壁を蹴って、吹き上げる風に乗ってみた。
――俺の体は、建物の屋上あたりまで浮き上がった。
俺は素早く柵に手をかけ、屋上へと乗り込んだ。
「え!?」
「うそ!?」
2人が驚いて叫ぶ声が、俺にも聞こえてきた。
「す、すげー……」俺は屋根に着地して走り始めながらつぶやいた。「これが『石』の力……魔法を初めて避けられた……」
しばらく俺は、屋根の上を走り隣の屋根まで飛び越えを繰り返して、ちょうど屋根から地面まで続く階段の付いた建物を見つけたので、その階段を下りていった。
ピエールが『石』をカイトに返した理由は、「カイトを懐柔できたと思ったから」らしいです。頭の回らない人物です。




