第一章 泰三の話-3
※本作は 文芸社より2026年7月に書籍化 されます。
応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。
30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。
母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。
どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。
それでも――
毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。
この作品は、
人生のどん底に落ちた男が、
どうやってもう一度立ち上がったのかという、
“再生の記録” です。
読んでくださるあなたの人生が、
少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。
高校時代、通学で毎日電車を利用していたこともあり、電車には慣れている。だからこそ、気軽に乗れる電車での旅は、今の自分にぴったりだと感じた。
自由気ままの旅というものは、なんと贅沢なものだろう。そう泰三は感じた。泰三は北関東に住んでいたため、まずは都会へ向かおうと考えた。東の都か、西の都か。資金に余裕がない泰三には選択肢が無かった。安く済む東京へ行くことに自然と決まった。
渋谷のハチ公を見に行って、秋葉原でオタク文化に触れてみようか。考えてみれば、多くの人が思い描く、ありふれた旅だった。けれど、普段ほとんど外出しない泰三にとっては、それだけでも十分な冒険だったし、心を癒してくれる旅に思えた。
そんなある日、父親が何気なく泰三に言っていたことを思い出した。
「時間があるのは今だけだぞ。後悔しないようにな」
泰三の父親は、子供の気持ちを十分に理解してくれる人だった。製薬会社で営業職に従事しており、毎日忙しく働いて帰宅が深夜を過ぎることも珍しくなかった。
現在、泰三は大学一年生で自由を謳歌している。一人っ子であることも影響しているのかもしれない。両親にとって唯一の子供である泰三は、泰三自身でも感じるくらいに、常に大切にされ、大いに愛情を注いで育ててきてくれたのだと思う。そのことは、日常の節々で、常に感じ取ることができていた。
泰三は少しばかり後ろめたい気持ちを抱えながらも、「せっかくの夏休みだから楽しもう」と思った。そして、明日のいの一番で東京へ出発することを決めた。
夏休みに入ってからは、寝るのはいつも、深夜二時を優に回り、空が少し白み始めた頃。当然にして、目が覚めるのは、いいとこ昼前で、完全に昼を回った頃に起きるような生活で、すっかり乱れ切っていた。ふと、あの孤独だった浪人時代を思い出す。「このままではあの時の二の舞だ」と、泰三は自分を叱った。大学生とはいえ、堕落しすぎていた。元の規則正しい生活に戻すことが、まずは今の自分には必要だと思えた。
そんな思いもあって、明日は早起きして東京へ向かうため、夜九時過ぎには布団に入った。
夏休みに入ってから、堕落しきった生活のせいで、なかなか寝つけなかったものの、眠い目をこすりながらも、午前五時にはなんとか起床した。心なしか、気分が晴れやかだった。そんな思いになったのは、遠い昔のような気がする。ここで余韻に浸っていては、遅れてしまう。急いで、身支度を整え、始発電車に乗るため、地元の駅へと向かった。目的地は高崎駅。改札口で切符を購入し、いざ行かんと、始発電車に乗り込んだ。
広告なしで全文無料公開中! 続きは2026年7月文芸社書籍で加筆修正版を!




