第一章 幸助の話-18
※本作は 文芸社より2026年3月に書籍化 されます。
応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。
30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。
母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。
どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。
それでも――
毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。
この作品は、
人生のどん底に落ちた男が、
どうやってもう一度立ち上がったのかという、
“再生の記録” です。
読んでくださるあなたの人生が、
少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。
年が明け、またため息の出るような仕事の日々が始まった。製品の量産化を控え、忙しさは増していた。帰宅時間が夜十時を過ぎる残業続きの毎日。結局、会社が変わらない限り、今のままでは何も変わらない。その現実を、幸助は痛感していた。
そんな折、年末にインフルエンザにかかって帰省できなかった弟の啓介が、次の連休を利用して実家に戻ってくるという知らせが届いた。幸助の心は、久しぶりに少しだけ前向きになった。
忙しい最中ではあったが、なんとか休日出勤を回避することができ、久々に家族が実家に集まることとなった。もちろん、母親は老人ホームにいるため、全員が揃うわけではなかったが。
幸助には、弟の啓介と小さい頃にケンカばかりしていた記憶がある。もちろん、遊びやゲームで楽しく過ごした思い出もたくさんあるのだが。そんな兄弟だからこそ、久しぶりに顔を合わせると、自然と昔のような他愛もない話に花が咲いた。
なかなか母親に会う機会が持てないこともあり、啓介が実家に到着して間もなく、幸助は彼と一緒に母の入所する老人ホームへと向かった。施設へ向かう道中、二人は近況報告をし合った。最近ハマっているゲームの話などで盛り上がり、話題は尽きることがなかった。
やがて、老人ホームに到着した。母は一応、息子たちを認識しているようだったが、やはりなかなか名前は出てこなかった。障害を抱えていても、母親はやはり母親だ。その顔を見るだけで、悲しいほどに元気が湧いてくる。そして同時に、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
弟の啓介は、なかなか会えない分、母に盛んにスキンシップを取ろうとしていた。その様子は、母が元気だった頃と何も変わらなかった。幸助は、母に会うたびに家族の写真を見せながら、「これは姉の成美だよ」「こっちは父親の勝彦だよ」と名前を繰り返し伝え、記憶をつなぎとめようとしていた。啓介は変わらず、母の手を握り、マッサージをしながら優しく語りかけていた。
三十分という短い面会時間の終わりが近づき、記念撮影をすることにした。ちょうど施設のスタッフが「写真撮りましょうか?」と声をかけてくれた。見た目は少しやんちゃな雰囲気だったが、物腰は柔らかく、とても優しそうな人だった。そんな方に母が介助されていると思うと、家族としては本当にありがたく、心強く感じた。
そして、面会は終わった。
「また来るからね」
幸助は母・純子に別れを告げた。
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