第一章 幸助の話-17
※本作は 文芸社より2026年3月に書籍化 されます。
応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。
30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。
母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。
どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。
それでも――
毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。
この作品は、
人生のどん底に落ちた男が、
どうやってもう一度立ち上がったのかという、
“再生の記録” です。
読んでくださるあなたの人生が、
少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。
年末から遡ること約二か月前、幸助は、馴染みの寺で姉と一緒に久しぶりにおみくじを引いた。家族五人全員が「凶」を引いた後に、母が倒れて以来、おみくじに対して恐れの感情が優るようになっていた。そのため、おみくじを引くことをためらっていたのだが、それでもその日、勇気を出して手を伸ばしてみた。結果は「大吉」。しかも、運気の高まりを力強く告げる内容だった。その瞬間、とても興奮したことをはっきりと覚えている。そして、今でもそのおみくじをまるで宝物のように大切に保管している。改めてその文面を読み返してみると、こう記されていた。
「このミクジ判じて曰く、今より家運大いに開け名をあげ家を起し、其こと都までも聞え、又あても無き空に矢を放ちても獲物ありと言うほど運勢盛んなり」
「職業は文字に縁のある事よし」
家族全員が「凶」を引いた後に母が倒れたこともあり、幸助は、何か神がかり的なものを感じずにはいられなかった。そしてこの時、初めて「自分は小説を書いたらいいのではないか」と、直感的に思ったのだった。
ちょうどその頃、読書に夢中になっていたこともあり、本を読むことの重要性を強く実感していた。その流れが、自然とその判断を後押ししてくれた。
こうして、幸助は自分の「夢」を発見したのである。
ちなみにこの時、幸助はすでに三十四歳になっていた。世間的には「夢を追うには遅すぎる」とされる年齢かもしれない。だが、夢を見つけた幸助にとっては、そんなことはまったく関係のないことだった。
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