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第一章 幸助の話-10

※本作は 文芸社より2026年3月に書籍化 されます。

応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。


30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。

母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。

どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。


それでも――

毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。


この作品は、

人生のどん底に落ちた男が、

どうやってもう一度立ち上がったのかという、

“再生の記録” です。


読んでくださるあなたの人生が、

少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。



幸助は、転職してからも、毎週末、母親の介護を続けていたが、仕事でのストレスが増えてくる上に、介護の負担はさらに重くのしかかっていった。次第に週末実家に帰れない程、疲れが溜まるようになっていた。そんな幸助を気遣って、父からは「仕事に専念してくれ」と連絡があり、介護の負担を減らす配慮がなされた。


しかし、幸助の心の状態は悪化する一方だった。第一の要因は、車通勤から電車通勤になったことだった。毎日避けられない満員電車に揺られ、駅に着くと人々は足早に職場や学校へと向かっていく。その機械のように無機質で効率的な動きに、幸助は圧倒され、嫌気がさし、もはや吐き気を催すようになっていた。

第二の要因は、仕事での失敗が続くようになったことだった。薬の量が増えたせいか、頭が常にぼんやりしていて、思考がまとまらず、ごく簡単なことでさえも満足な仕事ができる状態ではなかった。そんな中で仕事に集中できるはずもなく、当然ミスが増えていった。

そして第三の要因は、深い孤独感だった。前の会社では、新卒で入社したこともあり、周囲の人たちが温かく育ててくれた。辛い時には上司が気にかけて相談にも快く乗ってくれた。しかし、転職先では事情が違う。中途採用者は即戦力として期待されており、「こんな簡単なこともできないのか」と上司や同僚からの無言のプレッシャーが日に日に増えていく。それが、幸助の心を深く傷つけた最大の要因だったのかもしれない。

 

ある日の午前中、指導担当の上司から「この評価試験、今日中にやっといて」と、かなりなげやりに言われた。

(そんな試験、やったことないよ……)

周囲を見渡しても、皆忙しそうで、気軽に声をかけられる雰囲気ではない。今振り返れば、「分からないので教えてください」と誰かに一言伝えればよかっただけの話なのだが、当時の幸助の精神状態では、その一言すら口にすることができない程、正常な状態ではなかった。

 

気持ちが完全に切れてしまった幸助は、公園のベンチに腰を下ろした。二十分、三十分、いや、一時間ほどそうしていただろうか。それでも心は落ち着かず、会社の周辺をあてもなく歩き回った。まるで不審者のように、ただただ彷徨っていた。そして、ふらふらと自分のデスクへ戻り、就業時間中にもかかわらず、何のためらいもなくパソコンの電源を落とした。既に心が限界だったのだ。

この時、不幸中の幸いだったのは、その時間帯、ほとんどの社員が席を外していたことだった。その場にいたのは、ようやく打ち解け始めていた一人の派遣社員の方だけだった。転職前の話をしたり、冗談を交わしたり、本音を吐ける、数少ないうちの一人だった。今でもその方には感謝している。

幸助は、その派遣社員の方に、「調子が悪いので、お先に失礼します」とだけ伝え、そのまま会社を後にした。実際は、もう少し話したかったのだが、話す余裕がなかった。

そして、それ以降、幸助がその会社に出社することはなかった。その日のうちに上司から電話がかかってきたが、それすら取ることができなかった。「明日こそは会社に行こう」と何度も思ったが、心が壊れてしまった幸助にとっては、それはもう不可能なことであった。


広告なしで全文無料公開中! 続きは2026年3月文芸社書籍で加筆修正版を!

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