#3 多分、好きじゃない
”俺”と”私”の考え方って、ほぼ作者なんですよね。
まぁ双子ほど悪化していないとは思いますが()
私たちが、お父様の知らなかった一面を見た翌日。
お姉様との他愛も無い雑談を楽しむ茶会の予定が、丁度今日だったので、早速聞いてみようと思う。
「ミジェ、今日のお茶は何かしら?」
「今日は、お姉様がお好きな、オレンジが入ったフルーティーです。そして、お茶菓子はオランジェットですの」
「あら……うふふ、今日はオレンジづくしで嬉しいわ」
もしお姉様の気分が下がっても、最低値にはいかないように、お姉様が好きなオレンジをメインに用意させた。
「貴女たちも、もうすぐ入学なのね」
「えぇ。お姉様と同じ学び舎で学べると思うと、心が踊ります」
「そんなに喜んでも、お話くらいしか出せないわよ?」
「いいんですよ、それで!」
お姉様との、何でもない会話が続く。
今でも殿下のことが好きなのか。
そのことをいつ聞き出そうか、タイミングを見計らう。
「⸺そういえば、ミジェやハジェには、婚約者は居ないわね?」
ドキリとして、目を泳がせたと思う。
お姉様から、この手の話を切り出されるなんて……。
「はい。お父様は在学中に、なんて仰っしゃっておりましたが……まだ、よく分からないです」
大丈夫、嘘はついていない。
学園卒業までに見つけろと、言われたことは、つまりは在学中に……で相違ない、はず。
「そう……」
「参考として聞きたいのですが、お姉様は殿下のことを、どう思っていらっしゃるのですか?」
参考として聞きたい。これも本当だ。
ただ、参考として聞いたことをお父様に報告する、ということを伝えないだけ………それでも、お姉様に嘘スレスレをつくのは、心が苦しいなぁ。
「そう、ね……素敵な方、だと思っているわ」
「………それだけ、ですか?」
「えぇ、それだけよ。政略結婚だから、もう少し良好な関係を築きたいのだけど……難しいかもしれないわ」
「そうですか。ありがとうございます、お姉様。参考にさせていただきますわ」
なるほど。お姉様は、殿下との婚約を、政略結婚のためだと認識している。実際は、政略の意図は多少あれど、お父様なりのお姉様への愛情なのだと知っていると、少し複雑だ。
そう思いながら、お姉様の姿を見る。
ふわりとウェーブがかった、グレイ混じりの黒髪はハーフアップで綺麗に整えられていて、キッとしたその目にはオレンジゴールドの瞳と薔薇が刺繍された眼帯。
”私”は思い出せないけど、お姉様の色彩は亡きお母様にそっくりだという……なのにその右目は、”私”のせいで………。
「ミジェ」
「⸺っ!? お、お姉様、な、なんでしょうか?!」
「また、気にしていたの?」
「そ、それは……」
お姉様が眼帯をつけているのは、”私”のせい。
お姉様の、貴族令嬢としての名を傷つけている原因は、”私”。
お姉様を傷物にしたのは……”私”なんだ。
「あのね、ミジェ。私は、後悔していないわ。貴女を守ったことを、後悔なんてしないわ。だって、家族を守った証だもの」
「………はい」
あの時から、そう言われても。
”私”の後悔は、埋まることは無い。
⸺この先も、ずっと。
*
前世の時から、”私”は真面目だったと思う。
ちゃらんぽらんで自分本位として考えていた”俺”よりも、確実に真面目だった。だけどその真面目さは、私が持ち合わせていた面倒くさがりで隠れ気味だったと、今になって思う。
何が言いたいのかと言うと、”私”は引きずり過ぎだと思うのだ。姉上は気にしなくてもいいと、怪我をしたあの日から言い続けているのに、ずっと引きずっている。
昔から”私”に少しだけ甘やかした態度を見せていた父も、その日には怒っていたが、次の日からは重く考えなくてもいいと言っていたのに。
これは、”俺”が思い出したことだが……前世の私の頃から、”私”が好きじゃなかった。そもそも前世の私は、後から思い返した時に公私どちらで対応していたのかを区別するために、”俺”と”私”で分けていた。
日々楽しく、自堕落に生きようと考える”俺”と、周りに迷惑をかけず、合わせて生きようと考える”私”。
”俺”としては、周りで対応を変えるなんて、目上だけでいいと思うのに、”私”は全ての相手に対して対応変えていた。八方美人だと言われたら、そうだろう思う。
だけどその生き方は、前世の私が考えた現実的な手段だったのだ。
「それでも”俺”は、”私”以外の前世の私は好きじゃないがな」
この答えは、昔から変わらない。
⸺姉上の右目が見えなくなったあの日から、”私”は前髪で右目を隠すようになった。
右目が見えなくなった姉上に対する思いからなのか、真意を聞き出したことはないが、”俺”だって、あの日への後悔が無いわけでは無い。
だから”俺”は、左目を前髪で隠した。
”私”の理由は多分、後悔の自傷の痕を隠すため……なのだろう。だが、”俺”の理由は……視野を広げるために、視覚からの情報を減らしたかったから。
あの日への後悔を、忘れないために。
「”俺”のこれは、姉上にとって邪魔な後悔なのかもしれないがな」
ふと、鏡に映る自身の姿を見る。
父と母を程よく合わせたようなジトリとした目に、父譲りの金の瞳。肩口まで伸びたアッシュグレイの髪を一つに束ねている。
”私”の姿を思い出す。
父譲りの少しだけ垂れた目に、同じく父譲りの金の瞳。腰まで伸びたアッシュグレイの髪は、いつも下ろしている。
俺たちは、父に似ている。
対して姉上は、母に似ている。
”私”は忘れているだろうが、”俺”は母の姿を、その性格を覚えている。声だけは忘れてしまったが、これ以上”俺”が忘れたら、”俺”の中で生きている母が死ぬから、覚え続けている。
「坊っちゃま、旦那様がお呼びです」
「……⸺っ! すまない、すぐに出る」
家令のゴルディアに呼ばれ、思考の海から浮上する。恐らく、”私”が姉上から聞いた話を報告するためだろう。
最後にもう一度、鏡の中にいる”俺”を見る。
『⸺………むシしてモ、いルかラナ』
足元にしがみつく前世の私を一瞥し、部屋を出た。
なんだよ前世の私、この作品のホラー要素???
まぁ恨みでもあるんでしょうね(すっとぼけ)




