第三十五話 さすが私の妹ね
中央金区画。
空気が、いつもと違っていた。
ログインした瞬間から、サーバー全体がざわついているのがわかる。
ダークキングvs 王国騎士団
32サーバーにおける、最強ギルドと、準最強ギルド。この一戦のために、全プレイヤーが息を潜めている。
観戦モードで入ったプレイヤー達は、遠巻きに戦場を見下ろしていた。
ミニマップ上では赤と青がぶつかり、視界の奥では閃光と爆炎が交錯している。
音声エフェクトのボリュームを落としても、画面越しに伝わる圧がすごい。
ダークキングの中核カノン、黒王、椿、ペイン、そしてオニッシュ。
布告してきたのは王国騎士団。
ダークキング以外で最も強い、サーバーでも屈指の実力派ギルドだ。
だが、戦場の中央では、もう格が違っていた。
【ランスロット】「全隊、陣形を崩すな!」
【ガラハッド】「突破口を開くッ!」
バフの光が騎士たちを包み、黄金の列が前進する。
だがその先に立っていたのは椿、ペイン、そしてオニッシュ。
椿が一歩前に出る。
完凸の天十握剣が空気を裂き、風の刃が押し寄せる騎士団をまとめて飲み込む。
【椿】「全部吹き飛ばす」
視界が真白に弾ける。
竜巻の中から、吹き飛ばされた騎士たちの影が見えた。
オニッシュは無言で前に出た。
狙うのは一番硬い前衛。
【オニッシュ】「邪魔」
スキル発動。ダーク・インパクト。
ハンマーが地面を砕き、鎧ごと敵の体を沈める。
金属音がひときわ高く響き、衝撃波で後衛が弾かれる。
横ではペインの双剣が光を刻む。
【ペイン】「切り裂く…何もかも!!」
音より速く、赤いラインが三つ、空に走った。
次の瞬間には敵が消えている。
【ガラハッド】「突破できない……!?」
【ランスロット】「火力差が異常だ……!」
騎士団の声が震えていた。
俺たち三人だけで、前線が崩壊していくのがわかる。
だが、向こうが必死なほど、こちらは冷静だった。
黒王がゆっくり歩み出る。
【黒王】「その程度か、王国騎士団」
あの男の声には“余裕”がある。
余裕というより、もはや“退屈”に近い。
直後、戦場の奥でカノンが動いた。
刀に黒い炎を纏い、静かに構える。
【カノン】「少しだけ、本気を見せてやる」
そして――
【カノン】「閻魔一閃」
光でも音でもない。
本当に、一瞬だけだった。
【システム】《ランスロット 撃破》
王国騎士団ギルマスにして、最高戦力のランスロットが一撃。
次々と、王国騎士団の名が消えていく。
鬼朱雀がトリスタンを粉砕し、シンが雷でマーリンを焼く。
椿の風が逃げる者を斬り裂き、後衛が次々に沈む。
最後に残ったのはガラハッド。
巨大な盾を構え、全員の退避を促すように立っていた。
【ガラハッド】「俺が……止める……ッ!」
黒王が前に出る。
あの圧倒的な威圧感が、画面越しでも伝わる。
【黒王】「悪いが、手は抜かない」
一閃。
黒い残光。
【システム】《ガラハッド 撃破》
静寂。
戦場の音が、すべて止まった。
たった数分。
金区画の戦いは、完全にダークキングの勝利で幕を閉じた。
冷静を装いながらも、胸の奥がざわつく。
誇りとも、焦燥ともつかない熱が、確かにそこにあった。
中央金区画が静寂に包まれたその瞬間。
紫苑の配信画面は、まったく別の熱気に包まれていた。
コメント欄が止まらない。
《やばすぎ》
《ダークキング最強!!》
《カノンの一撃なに!?》
《紫苑さん視点ありがてえ》
《巻き戻して見直してくる》
数字が跳ね上がるように伸びていく。
リアルタイム視聴者数も、アーカイブの予約視聴も、どれも桁が違った。
その様子を、画面の向こうで見ていたのは琉韻。
アイドルとして常に数字と戦ってきた彼女にとって、妹の配信が伸びることは、もはや “自身の成功” と同義だった。
「……きた。きたきた!」
深夜の控室。
仕事終わりで疲れているはずなのに、そんな気配は一つもない。
スマホを持つ指が震えている。
「紫苑……今日のはマジで“バズの波”乗ってるって……!」
目の奥がギラついていた。
妹の活躍を純粋に喜ぶというより、
数字が跳ねる瞬間を見逃したくない捕食者の光に近い。
その勢いのまま、琉韻は紫苑へメッセージを連打する。
「やるじゃない紫苑、さすが私の妹ね!切り抜きも伸びてる……他配信者の関連も爆上がり!明日のレイド、絶対にクリアしなさい。数字、ここで伸ばすの!流れ掴むの!」
命令口調。
プレッシャーをかけている自覚は、本人にはほとんどない。
「明日のレイド……」
あの規格外の戦いを目の当たりにした直後だ。
胸の奥で、何かがざわついたまま収まらない。
嬉しさでも、誇りでも、恐怖でもない。ただ息が詰まるような圧だけが、静かに積もっていく。




