第三十四話 最強伝説
ギルドバトルの翌日。
ログインボタンを押す指が、ほんの少しだけ震えた。ロビーのざわめきが聞こえた。
誰もがオニッシュの話をしている。賞賛とも好奇心ともつかない声。
でも、そんなものはどうでもよかった。
ログインしない僕に、琉韻loveからメッセージが届いている通知。
【琉韻love】「いままで すみませんでした」
開かない。
怒りじゃない。
心の底からどうでもよかった。
夜九時。レイドの時間。
いつも通りの声。いつも通りの空気。
でも、オニッシュの居場所はどこにもない。
メンバーは笑いながら星5だと話している。
(温度差がすごい……)
僕の中だけ、昨日の戦いの余韻が残ったまま。
胸がうるさかった。
【ノイス】「オニッシュ居ても、星6は無理だろ」
言葉が、胸の奥で何かを弾けさせた。
無理だと決めつけられるのが、嫌いだった。
そして、紫苑の後ろで琉韻が指示する。
「星6行きなさいよ」
もちろん、配信中である。バレたんだからいいじゃないと、琉韻の支配は更に強くなった。
【オニッシュ】「星6だ」
みんなが黙る。
オニッシュは淡々と事実を告げただけ。
★6 レイド:セルケト。
毒霧が広がり、メンバーの声が飛び交う。
(遅い)
鋏が振り下ろされる前に懐へ入り、巨鎚を叩きつける。尻尾が突き刺さる前に、軌道を読み、滑るように避ける。
チャットが何か言っているが、耳に入らない。
僕は、自分のためだけに動いた。
(僕が弱かったら、居場所なんて無い)
毒でHPが削れる。回復を受ける暇があれば、一撃でも多く叩き込んだ方が早い。
【シャイン】「回復受けろって!」
【オニッシュ】「毒を撒く相手に下がってどうなる」
僕には、後ろに下がるという選択肢が存在しない。
そして、大技の予兆。
(……防げるか)
メンバーが固まっていく視界の向こう。
僕は、一歩も近づかなかった。
【金糸雀】「オニッシュ!? 早く!!」
【オニッシュ】「わかれよ、そんなチンケなバリアで防げるわけない」
――轟音。
画面が赤く染まり、全滅ログが並ぶ。
【たっちゃんパパ】「オニッシュ、あれは……」
【オニッシュ】「僕は最善を尽くした」
ほんとうに、そう思っていた。
みんなのためじゃない。
勝つための最善。
その瞬間、あの声が落ちた。
「ねぇ紫苑」
背筋が冷える。
「ここ、弱いじゃん。なんかウザいし」
言葉は、刃だった。
「こんなぬるい場所で雑魚に合わせてどうすんの?最強の場所に行きなさい。その方が数字取れるから」
それは助言ではなく、命令。
紫苑の中の何かが、完全に折れた。
【オニッシュ】「…ここじゃ無理だ」
脱退ボタン。指は震えなかった。
【システム】《オニッシュが脱退しました》
ロビーの音が、一瞬で消えた。
(姉ちゃんの言うとおりだ)
ギルド検索。
名前を入力する。
《DARK KING》
加入申請。
すぐに返事が来る。
【黒王】「…どうしてここに来たのか、想像はつく。だが、どんな形であれ歓迎する」
胸の奥に火が灯る。
(強さだけが価値になる場所)
仲間はいらない。
期待もいらない。
(命令された通り、最強の場所で勝つ)
――キリキリバッタ脱退から数日。
ただログインするだけで、空気が変わった。
キリキリバッタで聞こえていた「雑談」も「軽口」もないダークキングは無駄な言葉が存在しないギルドだった。
奈落探索。紫苑の配信は、今までと違う色を帯びていた。
情報共有は秒単位。
敵のスキル予兆を見た瞬間、黒王から最適解が飛ぶ。
【黒王】「獣姫の連撃は16連、終わりにカウンター入れろ」
【オニッシュ】「了解」
その一言だけで充分だった。
声は少ない。
だが、その沈黙は信頼だった。
そして、土曜日までの数日間。
ダークキングの名は、サーバーとランキングに刻まれていく。
黒王はランキングを上げ続け、カノンに至っては第8グループ・2位。
オニッシュも負けていなかった。
月曜日から全勝、暴力的な速度で上位に食い込む。
システムは淡々と結果を告げ続ける。
《ランキング更新:オニッシュ +12》
《ランキング更新:オニッシュ +7》
《ランキング更新:オニッシュ +4》
動画が投下される。
その多くで、視聴者の反応は二極化した。
『え、動きやばくない?』
『DARK KING の火力頭おかしい』
『個の暴力がすぎる』
そして――
『また一強ギルドが育ってしまった』
『32サーバーはオワコン』
ダークキングは、奈落探索も順調に進んでいた。
水曜日、第四層突破。
木曜日、第五層ボス到達。
奈落の亀裂を越える映像が投稿された瞬間、
紫苑の動画コメント欄は爆発した。
『32サーバー、初期組に追いついてる……!?』
『DARK KING の動きがプロ過ぎる』
『廃課金ばっかやろ』
非公式の掲示板には、有志が独自で調べた全サーバーのランキングボードに名前が並ぶ。
全サーバー戦闘力ランキング(最新)
5位 32サーバー・カノン
4位 29サーバー・アブソル
3位 8サーバー・ルドルフ
2位 11サーバー・信長
1位 4サーバー・オーディン
1位のオーディン率いるギルド 《ラグナロク》 は、
全サーバーで唯一、奈落八層突破を果たしている。
他の追随を許さない、絶対の王。
そして、土曜日。
サーバーが静まり返る。
ギルドバトル布告の時間が近い。
紫苑の視聴者は期待を抑えきれない。
ダークキングの最強伝説。
だが、紫苑はフローライトを抜けて以降、一度も笑っていない。




