第三十三話 ひとりぼっちの戦い
キリキリバッタによるギルドバトル二枚抜き狙い。
紫苑はこの日、ブラッドハウンドへの侵攻を、頑なに単騎出陣を希望した。
なぜ一人で行きたいのか?
答えは簡単だった。
姉・琉韻がギルドバトルの存在を知ってしまったから。
「単騎で攻めるとか、最高の画が撮れるじゃん。配信つけなさい」
奈落ソロの配信をして負けた夜。
紫苑は、泣きながらキーボードを握りしめていた。
姉は、それを“ネタ”として扱った。
逃げられない。
だから、誰とも組めない。
ギルチャに戻る。
マルメンが作戦案を提示していた。
南西と南東。
南西は本隊、南東は精鋭3~4人。
紫苑の胸がざわつく。
(南東……ブラッドハウンド。あそこなら、絵になる)
気づけば、指が動いていた。
【オニッシュ】「南東は僕一人でやるよ」
瞬間、ギルチャが凍った。
【クルス】「は? 無理無理無理!!」
【ルミナ】「1人とか死ぬ気?」
【シャイン】「ふざけてるの?」
無理もない。
いくら侵攻有利のギルドバトルとはいえ、数が多い方が有利だ。単独での突破なんて、ありえない。
でも、紫苑は淡々と返す。
【オニッシュ】「一人でやった方が早い」
本音は違う、言えるわけがない。
「配信しろって姉に命令されてます」なんて。
そんなの知られたら、もっと軽蔑される。
【たっちゃんパパ】「負けたら終わりだぞ!?」
【ノイス】「さすがに無謀だって!」
紫苑は、呼吸を整える。
手が震えていることに気づかれないように。
(お願い……誰も来ないで。私の戦いを“配信の道具”にしないで)
再び、キーボードを打つ。
【オニッシュ】「……一人にしないなら、行かない」
静寂。
画面の向こう側で、全員の思考が止まる気配がした。
(本当は、誰かと戦いたい。肩を並べて笑って、勝ちたい)
でも、それは叶わない。
私の戦いは、いつも一人で終わる。
数秒後。
【マルメン】「…わかった」
短い言葉。
でも、その一言には重さがあった。
【マルメン】「南東はオニッシュに一任する」
【クルス】「マスター!?」
【ルミナ】「一人だよ!?」
【たっちゃんパパ】「まじか…!」
押し寄せる反対意見。
紫苑は、ただ一言だけ打った。
【オニッシュ】「大丈夫、勝つよ」
勝つって言わないと、誰も納得しないから。
でも、紫苑自身には確信がなかった。
――南東銅区画。
開始の合図が鳴った瞬間、紫苑は息を止めた。
(配信、開始。視聴者数……上がってる)
画面隅に映る自分の配信枠。
姉から強制された枷。
手が震えるたび、視聴者数が跳ね上がる。
「ソロでギルド戦とかやべー」
「これ勝ったら伝説」
(黙って……見ないで……)
紫苑は、チャットを閉じた。
目の前には、砦。
ブラッドハウンドの紋章が掲げられている。
(時間はない。早く終わらせないと……)
紫苑は、突っ込んだ。
叫び声。
スキルエフェクトの光。
防衛側は十人。
しかし、紫苑には関係なかった。
敵のスキルが飛んだ瞬間、紫苑は一歩だけ横へずれた。
【カゲロウ】「え、今の避けられるのかよ!?」
【らん】「火力おかしい!」
視界が赤く染まる。
巨鎚が振り抜かれるたび、HPバーが吹き飛んだ。
(早く、終われ)
紫苑はもう、戦いを楽しんでいない。
勝つことが目的じゃない。
誰にも見られず終えたい。
砦前に、最後の一人。
ブラッドハウンドのギルマス・牙。
男は震える手で剣を掴み、
【牙】「ば、化け物が……」
紫苑は淡々と告げた。
【オニッシュ】「遅い」
一閃。
巨鎚が、軌跡を描いた。
それで終わった。
静寂。
風が、倒れた敵の間をすり抜ける。
紫苑は、砦の前でただ立っていた。
(……終わった。やっと……)
だが、ログが遅れて表示される。
【システム】《南東銅大区画 勝者:斬々抜断》
ギルチャが騒ぎ始める。
【クルス】「え!? 南東終わってる!?」
【ルミナ】「早ッ!?」
【シャイン】「そっち10人守ってたよね!?」
【ノイス】「主…落としたってことか?」
【マルメン】「……お前、本当に1人でやったのか」
(聞かないで)
【オニッシュ】「うん」
短く、終わらせるように。
でも、興奮した観戦勢が騒ぎを広げる。
「開始14分で終了とか聞いたことねぇ」
「単騎突破?頭おかしいだろ」
(お願い……騒がないで……)
そして最悪の言葉が飛んだ。
「今の動き、篝火紫苑に似てね?」
一瞬、心臓が止まった。
【クルス】「は?」
【ルミナ】「篝火琉韻の妹!!」
【シャイン】「え、どういうこと!?」
「今日、紫苑の配信見てた!」
「立ち回り完全に同じ!」
「オニッシュ=篝火紫苑ってことで確定?」
画面が揺れる。
紫苑の呼吸が止まる。
(やめて……やめて……!!)
【琉韻love】「私は知ってたけどね(笑)」
姉のファンが、勝ち誇ったように言う。
(どうして……どうして言うの……?)
もう隠せない。
逃げ場なんて、最初からなかった。
【オニッシュ】「だから嫌だったんだ」
チャットが止まった。
その一言で、全員が理解した。
私は“篝火紫苑”として見られたくなかった。
(私は、ただのプレイヤーでいたかっただけなのに)
紫苑の手は、冷たく、震えていた。




