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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第六章 オニッシュの物語

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第三十一話 もう戻れない

 翌日夜九時、中央金大区画。

 視界の端に、懐かしい名前が並んでいる。


 ココアとスカイ……初期からの仲間。

 スカイ君があの日、声を掛けてくれたから、

 ココアさんが優しかったから、

 今はいないけど、面白いそるさんもいたから、

 僕はフローライトにいようと決めたんだ。


 White、Gemini、ゆず、タイガー……元ホワイトキャットのメンバー。

 初めてのギルド戦、少人数だったけど面白かった。

 Whiteさんの守備力、Geminiさんの突風、ゆずさんとタイガーさんの連携。今ではフローライトの心強い仲間だもんね。


 無課金を実力でカバーする、むーさん。

 元ダークキングの実力者、ハルトさん。

 純ヒーラーのリデルさん、炎の剣士、烈火さん。

 マルロさんは今日も夜勤かな。


 ――フローライト。


 胸の奥が痛んだ。

 ログインする手が少し震えているのがわかった。


(……もう関係ない)


 そう言い聞かせる。

 心を押し殺すように、ハンマーを握りしめた。


 仲間だった。

 でも、もう戻れない。

 だって私の正体がバレたら、きっと嫌われる。


 姉・琉韻のファンの集まりに、自分が紛れていたなんて知られたら。

 それを茶化されたら。

 裏切り者と言われたら。


 怖かった。

 ただ、それだけだった。


 システムがカウントを刻み…

 ギルドバトル開始。


 ――走った。

 躊躇いを捨てるように、ハンマーを振り下ろす。


 Whiteが盾を構えて飛び出してくる。

 その姿はいつも通り頼もしく見えて、胸が痛んだ。


(ごめん)


 地面を砕き、衝撃波で吹き飛ばす。

 Whiteが苦しげに呻くのを聞きたくなくて、耳を塞ぎたかった。


 Geminiが風刃を放つ。

 軽やかで、真っ直ぐで。

 何度も見てきた、仲間の動き。


(覚えてるよ。全部)


 その動きを読み、避ける。

 心が、冷えていく。


 タイガーの叫びが聞こえた。


【タイガー】「やめろ、オニッシュ!」


 答えたら、揺らぐ。

 揺らいだら、きっと私は……


 ハンマーを構え、スキル回路を展開する。


 奥義・アースブレイク・イクリプス


 闇が広がり、地面が黒い影に覆われる。

 Whiteを中心に、大地が崩れ落ちた。

 白い盾が砕ける音がした。


【システム】《中央金大区画 勝者:斬々抜断》


 画面に表示された文字が、胸を刺した。

 勝ったのに、負けた気がした。

 キリキリバッタのチャットが沸騰する。


【マルメン】「オニッシュ最強! やべー!」


 でも、聞こえない。

 聞く気にもなれない。

 私はただ、立ち尽くす。


(……なんで私、ここにいるんだ)


 キルログが流れるたびに、胸がえぐれた。


 Geminiの視線だけが、焼けるように痛い。


 かつて、自分の背中を預けてくれた仲間。

 笑ってくれた仲間。

 名前を呼んでくれた仲間。


 もう二度と戻れない。


 そう思った瞬間だった。


 耳元で、黒王の声が聞こえた。

 戦場の喧騒の中でも、なぜかはっきりと。


『アホが。自分の殻を破れ』


 その言葉とともに、視界が暗転した。


 黒王の一撃が俺を砕いたのだ、と気づくより早く。


(殻なんて、最初から壊れてるよ)


 画面が落ちた。

 勝利の音が遠ざかっていく。


 紫苑は、ただ俯いた。

 バレたらきっと嫌われる。


 その恐怖が、まだ胸にへばりついて離れなかった。


 翌日、日曜日の夜九時。


 ギルドチャットは、祭りのように浮かれていた。


【マルメン】「昨日のオニッシュ、マジで化け物だったな!」

【クルス】「なら今日もいけるっしょ!」

【シャイン】「星6レイド、サーバー初撃破いくぞ!」


 空は赤く燃えていた。


 鳳凰が翼を広げると、炎の羽根が雪崩のように降り注ぐ。大地が焼け、画面の端まで真っ赤に染まる。


【システム】《鳳凰のスキル:インフェルノ・ジェノサイド》


 次の瞬間。


【リオン】「ぎゃああああ!」

【ノイス】「HP溶けてる!? 無理無理無理!!」

【金糸雀】「回復……回復が……」


 全滅ログが、画面に流れ続けた。

 立っているのは三人だけ。


 オニッシュ。

 たっちゃんパパ。

 そして琉韻love。


【たっちゃんパパ】「おいおいおい、嘘だろ!? 他全員即死!?」

【琉韻love】「ふふっ、やっぱりオニッシュと私、相性いいじゃない。ねぇ、コンビって感じじゃない?」


 鳳凰の火焔が照り返す中、琉韻loveが笑う。

 オニッシュは、何も返さない。

 むしろ、チャットの通知すら閉じた。


(……やめてくれ)


 胸が苦しくなる。

 昨日の光景が、まだ焼き付いている。


 フローライトに向けたハンマー。

 仲間を砕いた衝撃。


 それなのに。


【琉韻love】「ねぇ返事くらいしてよ。私たちのコンビ、最高でしょ?」


 オニッシュは、画面からさえ目を逸らした。


(私たちなんて、言わないでくれ)


 無言で、ハンマーを構える。


 鳳凰が吠えた。

 炎が空を裂いた。


 オニッシュが走る。

 たっちゃんパパがついてくる。


 青い光が裂けた。

 たっちゃんパパのHPがゼロになる。


【たっちゃんパパ】「あとは……頼んだ……」


 最後に残ったのは、オニッシュと琉韻loveだけ。


 炎の中、オニッシュは完全に沈黙した。一言も発さず、ただ鳳凰にハンマーを振り下ろし続ける。


 琉韻loveが近づく。


【琉韻love】「オニッシュ? 聞こえてる?」


 聞こえている。

 けれど、返す気はない。


(私は、誰の隣にも立ってない)


 ハンマーが鳴る。火焔が弾ける。

 そして……


【システム】《レイド失敗》


 琉韻loveの声が、虚空に消えた。


【琉韻love】「ねぇ、無視しないでよ」


 返事はなかった。

 オニッシュはただ、ログアウトを押した。

 画面が静かに暗転する。


(私の居場所なんて、どこにもない)

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