第三十一話 もう戻れない
翌日夜九時、中央金大区画。
視界の端に、懐かしい名前が並んでいる。
ココアとスカイ……初期からの仲間。
スカイ君があの日、声を掛けてくれたから、
ココアさんが優しかったから、
今はいないけど、面白いそるさんもいたから、
僕はフローライトにいようと決めたんだ。
White、Gemini、ゆず、タイガー……元ホワイトキャットのメンバー。
初めてのギルド戦、少人数だったけど面白かった。
Whiteさんの守備力、Geminiさんの突風、ゆずさんとタイガーさんの連携。今ではフローライトの心強い仲間だもんね。
無課金を実力でカバーする、むーさん。
元ダークキングの実力者、ハルトさん。
純ヒーラーのリデルさん、炎の剣士、烈火さん。
マルロさんは今日も夜勤かな。
――フローライト。
胸の奥が痛んだ。
ログインする手が少し震えているのがわかった。
(……もう関係ない)
そう言い聞かせる。
心を押し殺すように、ハンマーを握りしめた。
仲間だった。
でも、もう戻れない。
だって私の正体がバレたら、きっと嫌われる。
姉・琉韻のファンの集まりに、自分が紛れていたなんて知られたら。
それを茶化されたら。
裏切り者と言われたら。
怖かった。
ただ、それだけだった。
システムがカウントを刻み…
ギルドバトル開始。
――走った。
躊躇いを捨てるように、ハンマーを振り下ろす。
Whiteが盾を構えて飛び出してくる。
その姿はいつも通り頼もしく見えて、胸が痛んだ。
(ごめん)
地面を砕き、衝撃波で吹き飛ばす。
Whiteが苦しげに呻くのを聞きたくなくて、耳を塞ぎたかった。
Geminiが風刃を放つ。
軽やかで、真っ直ぐで。
何度も見てきた、仲間の動き。
(覚えてるよ。全部)
その動きを読み、避ける。
心が、冷えていく。
タイガーの叫びが聞こえた。
【タイガー】「やめろ、オニッシュ!」
答えたら、揺らぐ。
揺らいだら、きっと私は……
ハンマーを構え、スキル回路を展開する。
奥義・アースブレイク・イクリプス
闇が広がり、地面が黒い影に覆われる。
Whiteを中心に、大地が崩れ落ちた。
白い盾が砕ける音がした。
【システム】《中央金大区画 勝者:斬々抜断》
画面に表示された文字が、胸を刺した。
勝ったのに、負けた気がした。
キリキリバッタのチャットが沸騰する。
【マルメン】「オニッシュ最強! やべー!」
でも、聞こえない。
聞く気にもなれない。
私はただ、立ち尽くす。
(……なんで私、ここにいるんだ)
キルログが流れるたびに、胸がえぐれた。
Geminiの視線だけが、焼けるように痛い。
かつて、自分の背中を預けてくれた仲間。
笑ってくれた仲間。
名前を呼んでくれた仲間。
もう二度と戻れない。
そう思った瞬間だった。
耳元で、黒王の声が聞こえた。
戦場の喧騒の中でも、なぜかはっきりと。
『アホが。自分の殻を破れ』
その言葉とともに、視界が暗転した。
黒王の一撃が俺を砕いたのだ、と気づくより早く。
(殻なんて、最初から壊れてるよ)
画面が落ちた。
勝利の音が遠ざかっていく。
紫苑は、ただ俯いた。
バレたらきっと嫌われる。
その恐怖が、まだ胸にへばりついて離れなかった。
翌日、日曜日の夜九時。
ギルドチャットは、祭りのように浮かれていた。
【マルメン】「昨日のオニッシュ、マジで化け物だったな!」
【クルス】「なら今日もいけるっしょ!」
【シャイン】「星6レイド、サーバー初撃破いくぞ!」
空は赤く燃えていた。
鳳凰が翼を広げると、炎の羽根が雪崩のように降り注ぐ。大地が焼け、画面の端まで真っ赤に染まる。
【システム】《鳳凰のスキル:インフェルノ・ジェノサイド》
次の瞬間。
【リオン】「ぎゃああああ!」
【ノイス】「HP溶けてる!? 無理無理無理!!」
【金糸雀】「回復……回復が……」
全滅ログが、画面に流れ続けた。
立っているのは三人だけ。
オニッシュ。
たっちゃんパパ。
そして琉韻love。
【たっちゃんパパ】「おいおいおい、嘘だろ!? 他全員即死!?」
【琉韻love】「ふふっ、やっぱりオニッシュと私、相性いいじゃない。ねぇ、コンビって感じじゃない?」
鳳凰の火焔が照り返す中、琉韻loveが笑う。
オニッシュは、何も返さない。
むしろ、チャットの通知すら閉じた。
(……やめてくれ)
胸が苦しくなる。
昨日の光景が、まだ焼き付いている。
フローライトに向けたハンマー。
仲間を砕いた衝撃。
それなのに。
【琉韻love】「ねぇ返事くらいしてよ。私たちのコンビ、最高でしょ?」
オニッシュは、画面からさえ目を逸らした。
(私たちなんて、言わないでくれ)
無言で、ハンマーを構える。
鳳凰が吠えた。
炎が空を裂いた。
オニッシュが走る。
たっちゃんパパがついてくる。
青い光が裂けた。
たっちゃんパパのHPがゼロになる。
【たっちゃんパパ】「あとは……頼んだ……」
最後に残ったのは、オニッシュと琉韻loveだけ。
炎の中、オニッシュは完全に沈黙した。一言も発さず、ただ鳳凰にハンマーを振り下ろし続ける。
琉韻loveが近づく。
【琉韻love】「オニッシュ? 聞こえてる?」
聞こえている。
けれど、返す気はない。
(私は、誰の隣にも立ってない)
ハンマーが鳴る。火焔が弾ける。
そして……
【システム】《レイド失敗》
琉韻loveの声が、虚空に消えた。
【琉韻love】「ねぇ、無視しないでよ」
返事はなかった。
オニッシュはただ、ログアウトを押した。
画面が静かに暗転する。
(私の居場所なんて、どこにもない)




