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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第六章 オニッシュの物語

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89/90

第三十話 殻を破れ

 金曜日、夜九時。


 個人ランク戦のテストマッチが開始された。

 琉韻はまだ仕事中で不在。


 Sランク戦・対戦カード:オニッシュ vs 黒王


【システム】《テストランク戦を開始します》


 戦闘フィールドに転送された瞬間、オニッシュの背中に冷たい緊張が貼りつく。

 よりによって、相手は黒王。ダークキングのマスターであり、32サーバーでも最強の一角。


【黒王】「……何故キリキリバッタに行った」

【オニッシュ】「……別に。たまたま」

【黒王】「たまたま、ねぇ」


 黒王は武器を抜くでもなく、ただオニッシュを見た。視線が重く、逃げ場がない。


【黒王】「答えろ、オニッシュ。何故キリキリバッタに行った?」


 いきなり核心。


【オニッシュ】「僕が……好きにしていいだろ」

【黒王】「戦力なら俺のところに来るはず、気に入らないという理由なら王国騎士団。それでもキリキリバッタに行ったのは」


 一拍の間。


【黒王】「お前が 篝火紫苑 だから、か?」


 オニッシュの心臓が跳ねた。


 誰にも言ってない。フローライトやキリキリバッタのメンバーにも。

ましてやネットの中で、自分の本名を隠しているのは当然だ。

 無理矢理配信をやらされてはいるが、名前は映らないようにしているし、主観視点だから武器しか見えない。


 黒王は一歩踏み込む。


【黒王】「どうせ琉韻ファンのアイツにバレて脅されたってとこだろ?ウチにいた時から琉韻琉韻とうるさかったからな。……で、バラされたら嫌われると思ってるのか?」


 全て見抜かれている。胸を撃ち抜かれたようだった。

 オニッシュは言葉を失う。何も返せない。返したら、自分の弱さを認めてしまう。


【黒王】「フローライトの連中はそんな薄っぺらい奴らじゃない。お前が紫苑だろうが、関係ないと思うがな」

【オニッシュ】「なんで気づいたの?あなたも琉韻loveと同じで、お姉ちゃんのファンなの?」

【黒王】「ファン?興味ないな。だが、俺は現実で客商売してるんだ。トレンドの話題は全部頭に入れてる。だが、そこじゃない」


 黒王の瞳が鋭く光る。


【黒王】「俺はこのゲームが好きだ。奈落に一人で突っ込むアホな配信、見逃すわけねぇだろ。さらに32サーバー上位プレイヤーは全員研究対象だ。動きでわかった。オニッシュと、奈落にソロで挑んだバカな配信者、篝火紫苑の癖が同じだ」


 逃げ道はない。


【オニッシュ】「あんたには関係ないだろ」

【黒王】「見てらんねぇんだよ、滑稽すぎて」

【オニッシュ】「……は?」

【黒王】「ビビって殻に閉じこもってる。バレたら嫌われる?笑わせんな」


 黒王の剣が、音もなく構えられる。


【黒王】「アホが。自分の殻、破れ」


 宣告と同時に、黒王が地を蹴った。


 ──速い。


 視界の端が弾け、黒王の剣がオニッシュを断ち割る。


【オニッシュ】「っ…………!」


 息が詰まる。

 防御も反撃も追いつかない。

 黒王は淡々と、しかし容赦なく斬り伏せる。


【黒王】「殻から逃げてるうちは、何やっても二流だ」

【オニッシュ】「僕は……!」


 叫びも虚しく、黒王の最後の一撃が振り下ろされる。


【システム】《勝者:黒王》


 画面に結果が表示された瞬間、オニッシュの膝が崩れ落ちる。


 黒王は勝利のアピールをしない。


【黒王】「紫苑。フローライトに戻れ、ちゃんと顔を上げろ」


 そして、背を向けた。


 敗北よりも、黒王の言葉が胸に刺さって離れなかった。


 転送エフェクトがほどけ、視界がギルド拠点へ戻る。

 見物していたフローライトのメンバーが、ざっとこちらを振り向いた。


【マルメン】「おかえり!オニッシュは勝った?負けるわけねぇかw」


返事がない。


【シャイン】「大丈夫?ひょっとして、やり過ぎて燃え尽きた?」

【クルス】「まさか…負けたのか!?」


 優しい声。

 心配する声。

 責める者なんて誰もいない。


 それでも、喉が詰まって声が出なかった。


 嫌われる。


 胸の奥で、幼い恐怖が叫んでいる。


 琉韻の妹だとバレたら。

 誰も自分を見てくれない。

「琉韻の妹だから」で注目される。


 努力も、勝利も、友情も。

 全部、色眼鏡で見られる。


 それが、何より耐えられなかった。


【オニッシュ】「…… ごめん。今日は落ちる」


 短く言って、ログアウトボタンを押した。

 消える瞬間、マルメンが何か言いかけたように見えた。でも、聞けなかった。


 ゲームを止めると、部屋の静けさが耳を刺した。


「あああああああああ……っ」


 ベッドに倒れ込み、枕に顔を押しつける。

 黒王の声が、頭から離れない。


 『アホが。自分の殻、破れ』


 破りたい。

 ちゃんと向き合いたい。


 でも……


「……怖いんだよ……」


 涙が溢れた。


 琉韻の妹だと知られて、嫌われたら。

 失望されたら。

 いまの居場所が壊れたら。


 そんなの、耐えられない。


(僕は……怖がりのままだ)


 黒王に叩き切られた痛みは、剣のダメージじゃない。自分で認めたくない弱さを、容赦なく突きつけられた痛みだ。


 だけど紫苑は、結局、殻を破れなかった。

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