第二十五話 牙の奇策
月曜日、午後十時前。
土曜日のギルドバトルで、オニッシュ一人に完封されたブラッドハウンド。あれからギルド拠点は静まり返っていた。
表向きは平和。だが、牙の胸中は嵐のように荒れていた。
オニッシュのダークキングへの移動。
一人でも勝てないのに、そのレベルがゴロゴロといるギルド。
(このままだと、ブラッドハウンドは飲まれる)
誰もがそれを理解していた。
だが、怖くて口にできないだけ。
ギルドマスターの牙は立ち上がり、メンバー全員に向かって宣言する。
【牙】「もう、今回からなりふり構わない」
ざわつくギルド。
【リキ】「なりふり構わないって……牙のアニキ、まさか課金で殴るとか?」
【カゲロウ】「いや、牙のアニキはそういうタイプじゃないだろ」
【牙】「あぁ、奇策だ」
空気が変わった。
牙が歯を見せてニヤリと笑う。
【牙】「他ギルドを巻き込む。共闘だ」
ディスコ 臨時通話会議
夜十時半。
牙は二人に招待を送った。
ウィンドクローバー:ギルマス アリス
ウィンドクローバー:白兎
ブルーアーチ:ギルマス Miley
ブルーアーチ:黒鉄
ブラッドハウンドは牙とらん。それぞれのギルドから 代表者2名ずつ が入り、通話が繋がる。
【牙】「時間取らせて悪い。今日呼んだのは、合併の話じゃない」
【Miley】「合併じゃない?てっきり合併の話かと思っていたけど…なら何を?」
【アリス】「ギルド同士の同盟は、こういうゲームではよくない行為ですよ?」
【牙】「あぁ、同盟はよかねぇ、裏で共闘するのはルール違反じゃない。それともダークキングや王国騎士団だけが楽しんでるのを、指咥えて見てんのか?」
全員が息を飲む。
【牙】「このゲームの戦争システムで、各ギルドの布告は同時に2箇所まで」
歯車が回るように、全員の表情が変わった。
【牙】「俺たち3ギルドが互いに布告すれば、敵は手を出せなくなる。」
アリスが気づく。
【アリス】「……あ。私たちが ブラッドハウンドに布告、ブラッドハウンドが ブルーアーチに布告、ブルーアーチが ウィンドクローバーに布告する……」
【白兎】「三すくみの“布告ループ”が完成する!」
【牙】「そうだ。」
牙がゆっくりと言葉を刻む。
【牙】「“合併しない共闘”、名付けて《布告ループ戦術》だ。」
沈黙。
それから。
【Miley】「…………最高にバカで、最高におもしろい。」
【黒鉄】「うちのギルメン、こういうの大好物です」
通話の向こうで笑い声が上がる。
【牙】「一強時代なんて認めない。死ぬ気であがく。勝ち目がゼロなら、知恵で抗う」
通話の熱が一息ついた頃、ひとりが口を開いた。
【黒鉄】「……だが、ひとつ問題がある」
低く、冷静な声。
場の空気を引き締めるように。
【黒鉄】「ブルーアーチはすでに《西銅区画》を持ってる。だが、ウィンドクローバーとブラッドハウンドは区画無しだ」
アリスも続ける。
【アリス】「そう。布告ループは理論上完璧でも、
区画がなければ布告されても意味がない。守れる拠点がないのだから」
沈黙が落ちる。
そんな中、ブラッドハウンドNo.2のらんが、落ち着いた声で口を開いた。
【らん】「取ります」
【Miley】「……はい?」
【らん】「銀区画を攻めるギルドから奪います。次のギルド戦、狙うギルドはほぼ予想できてる。そこに先に布告して奪う。そして、いつか金に全勢力で挑むギルドから銀区画も奪います」
全員が一瞬、言葉を失った。
【黒鉄】「……マジでやる気だな」
【らん】「本気です。牙さんの奇策は、区画を持っていて初めて成立する。なら、取りに行くしかないんです。」
らんの声は淡々としていたが、迷いがなかった。
だが、さらに白兎が懸念を口にする。
【白兎】「でも……そんな露骨に布告し合ったら、他ギルドにバレない?あいつら、すぐ裏で繋がってるとか騒ぐよ?」
牙は笑った。豪胆な、獣の笑いだった。
【牙】「バレる? ならバレないように見せかければいい」
【白兎】「見せかけ……って?」
【牙】「裏同盟同士で、ちゃんと戦う。“演出”すればいい。本気で殴り合って、拠点の取り合いもやる。時々、わざと負けたり、拠点を入れ替えたりする」
【アリス】「……劇場型同盟、ってこと?」
【牙】「そうだ。稽古にもなる。どこが弱いかもわかる」
牙は、あえて言い切った。
【牙】「そして、外から見たら敵同士。内側では同じ目的の仲間だ」
【Miley】「でも、そんな綿密な連携、ほんとにメリットあるの?」
牙は即答した。
【牙】「あるさ。ダンジョン攻略も、素材集めも全部シェアする。情報、ルート、編成。三ギルドが協力すれば、どのギルドにも負けない」
アリスが息を呑む。
【アリス】「……素材共有まで? そこまでやるの?」
【牙】「“勝つため”だ。ダークキングの独走は終わらせる。」
短い沈黙。
だが、もう迷っている者はいなかった。
【黒鉄】「……いいだろう。な、Mileyさんよ」
【アリス】「ウィンドクローバーも参加します。」
【Miley】「ブラッドハウンドの気合、受け取ったわ」
牙がゆっくりと締める。
【牙】「獣は、檻に入らねぇ」
こうして、
ブラッドハウンド
ウィンドクローバー
ブルーアーチ
三つの牙が確かに噛み合った。
サーバー史上初の“裏同盟”が、静かに動き出す。




