第二十四話 均衡の終わり
ギルドバトルの翌日。
夕方のロビーは、昨夜の激戦の余韻でまだざわついていた。
オニッシュはログインしてこない。
だが、全チャットはオニッシュの話題一色だった。
「昨日のあれ、マジでヤバかった」
「ヨウツーベで配信上がってた!」
マルメンは昨日の出来事をメンバーに共有、琉韻loveはその場でメンバーに謝罪し、彼女を責め立てる者はいなかった。
そして、琉韻loveはオニッシュに個人メッセージを送っていた。
【琉韻love】「いままですみませんでした。勝手に誤解して、最低なことをし、本当に申し訳ありませんでした」
――既読、なし。
彼のメッセージに反応はない。
ギルメンは誰もその話題に触れなかった。
夜、九時。
レイドの集合時間。
拠点にはいつものメンバーが集まり、和やかに話していた。
【ルミナ】「今週も星5っぽいね~、準備楽だわ」
【金糸雀】「素材欲しいから、星5で良くない?」
【ノイス】「オニッシュ居ないし、星6は無理だろ」
その瞬間。
――ログイン音。
チャットもボイスも静まり返る。
オニッシュが短く言う。
【オニッシュ】「星6だ。」
【金糸雀】「いや、ちょ、待って?さすがに今日は」
【オニッシュ】「黙れ。6だ。僕がいれば行けるんだろ?」
声に感情はない。
命令でも怒りでもない。ただ事実を告げるだけ。
その一言に、空気が変わった。
昨日のギルド戦で見せた、異常な集中力。
そして何か吹っ切れたような態度。
メンバーも昨日の出来事をマルメンから聞いており、誰も逆らえなかった。
【シャイン】「……了解。星6行きましょう」
【たっちゃんパパ】「はぁ…地獄の準備するか」
それを確認すると、オニッシュはただ一言。
【オニッシュ】「始める」
レイド開始のカウントが進む。
緊張が、一気に拠点を支配した。
レイド開始。刹那、紫色の霧が視界を覆った。
砂漠の祭壇。
中央に立つのは、妖艶なシルエット。
女性の形をしている――しかし。
その両腕は蠍の巨大な鋏。
腰の後ろから伸びた尻尾は、黒い毒液を滴らせている。
★6レイド:セルケト
それは猛毒の支配者。
【セルケト】「来たのね。愚かな人間たち」
低く響く声とともに、戦闘が始まった。
【金糸雀】「広い! 範囲毒くる!」
【ノイス】「くそ、避けきれねぇ!!」
【シャイン】「距離取って!まずパターン見るよ!」
仲間が指示を飛ばすが、オニッシュは聞いていなかった。
蠍の鋏が振り下ろされる前に、疾風のように踏み込み、巨鎚を振るう。
ガキィン!
【オニッシュ】「遅い」
毒霧が広がると同時に、足場を蹴り、セルケトの上へ跳躍。
尻尾が突き刺さる瞬間、無駄のない動きで横へ滑り、完璧な回避。
まるで、仲間はいないかのように。
【ルミナ】「ちょ、オニッシュ!? 一人で突っ込みすぎ!」
【クルス】「位置ずれしてタゲ跳ねてる!!」
【たっちゃんパパ】「金糸雀のヒール届かねぇ!戻れ!」
オニッシュは返事さえしない。
セルケトの猛毒に被弾しても回復を待たず、攻撃を続ける。
【シャイン】「オニッシュ! 回復受けろって!」
【オニッシュ】「毒を撒く相手に下がってどうなる」
やがて、セルケトが大きく尻尾を構える。
【セルケト】「死ね」
大技だと誰もが理解した。
【ノイス】「防御しろ! バリア張る! 寄れ!!」
全員が集まる。だがオニッシュだけが動かない。
【金糸雀】「オニッシュ!? 早く!!」
【オニッシュ】「わかれよ、そんなチンケなバリアで防げるわけない」
セルケトの尾が地面を抉る。
――轟音。その瞬間、画面が赤く染まった。
メンバー全員、HPゼロ。全滅。
沈黙。
誰も言葉を発せない。
【たっちゃんパパ】「オニッシュ、あれは……」
【オニッシュ】「僕は最善を尽くした」
そしてーー
【オニッシュ】「…ここじゃ無理だ」
その後。
【システム】《オニッシュが脱退しました》
そのシステムログが表示されたまま、誰も動けなかった。
【ルミナ】「冗談、だよね?」
【金糸雀】「え?」
【ノイス】「いや、でも、こんな……」
マルメンはリーダーとして、何か言わなければならない気がした…だが、喉が乾いて声が出なかった。
(なんで……ここまで…… )
琉韻loveは画面に手を当てたまま動かない。
【琉韻love】「私のせい……ですか……?」
【マルメン】「違う」
【シャイン】「私の指揮が、不味かったんだよ」
【マルメン】「それも違う!」
そう言いながら、マルメン自身が一番不安だった。
その時、全チャットが一斉に騒ぎ出した。
【マーリン】「うわ、オニッシュマジか」
【らいおん】「一強時代再来か…」
【牙】「アホくさ、もうマトモにはやってらんねぇな」
マルメンは嫌な予感がした。
ダークキングのメンバーリストを確認する。
そして、見つけた。オニッシュの名を。
【金糸雀】「……は?」
【ノイス】「ダークキング?フローライトじゃねぇの??」
【シャイン】「よりによって……あそこ……?」
声が震えた。
32サーバー最強のギルド《DARK KING》。
【黒王】「もう誰も、ウチには勝てない」
煽りでも冗談でもない。
紛うことなき事実だ。
ギルドのチャットが凍りつく。
【ルミナ】「オニッシュ、なんで?」
【琉韻love】「嫌だ、嫌だ……私のせいだ…全部私のせい……」
【マルメン】「なんで……」
均衡を保ちつつあった32サーバーは、再び地獄と化す。
ーーー 第四章 マルメンの物語 完 ーーー




