第二十三話 ギルドマスターとして
勝利の余韻が、ギルドチャットにまだ残っていた。
南西、南東の二枚抜き。
サーバー全体が沸き立ち、騒ぎ、讃え合っている。
だが、マルメンだけは笑えなかった。
(このままじゃ……ダメだよな)
マルメンは席から立ち、深呼吸した。
マルホロ・メンソールを咥え、火をつける。
ギルドマスターとして、逃げてはいけない瞬間がある。
――今が、その時だ。
【マルメン】「love、少し話せるか」
チャットの流れが止まった。
【琉韻love】「いいよ」
静かに、二人は個人チャットへ移動する。
【マルメン】「聞く。オニッシュの正体、知ってたな?」
一拍。
【琉韻love】「知ってたよ」
迷いのない返事に、マルメンの胸がざらつく。
【マルメン】「じゃあ聞く。オニッシュがうちに来た理由、本当は何だ?」
琉韻loveの打鍵が一度止まる。
【琉韻love】「マルメンには関係ない話だよ」
【マルメン】「ある。ギルマスだからな」
短い沈黙。
【マルメン】「俺は、見て見ぬふりをした。フローライトにいた頃、オニッシュは生き生きとしていた。オニッシュがうちに来てから、人が変わったように暗かった。最初はフローライトの連中と揉めたんじゃねぇかとも思った。――だが、フローライトと戦ったとき、確信した。なんかあるなって」
画面の前で、自分の拳が震えているのがわかる。
(守りたかった。この場所を)
【マルメン】「……でも、逃げた。もし追求したら、ギルドが崩れる気がして。それが怖かった。俺は、ギルドマスターなのに」
【琉韻love】「マルメンらしいね」
皮肉ではない。
ただ、少しだけ笑っている気配がした。
【マルメン】「答えてくれ。オニッシュをフローライトから連れてきたのは、お前か?」
琉韻loveは長く息を吸ってから、指を動かした。
【琉韻love】「脅したの」
胸が冷たくなる。
【琉韻love】「オニッシュの正体、篝火紫苑だって気づいた。私、琉韻のファンだから。だから近づきたくて、欲しくて…私、自分でも抑えられなくて」
【マルメン】「……」
【琉韻love】「バラされたくなかったら、うちに来いって言った」
マルメンの呼吸が止まった。
今までの違和感が、繋がる。
【琉韻love】「オニッシュはフローライトのメンバーと仲良かった。でも、私はそれが嫌だった。私と仲良くしてほしくなったの」
【マルメン】「だから、引き裂いたのか」
【琉韻love】「そうだよ」
琉韻loveのチャットが、淡々と続く。
【琉韻love】「私はね、オニッシュが欲しかったの。
強くて、可愛くて…琉韻そっくりな彼女が、手の届く位置にいるような気がして…私だけのものにしたかった。」
狂気ではない。
ただ、必死だったのだとわかる。
(……それでも、許されない)
【琉韻love】「マルメン。私はクビ、だよね?」
その問いには、罪悪感と諦めと、ほんの少しの安堵も混じっていた。
マルメンは目を閉じて、煙草を吹かした。
(俺は、ギルドマスターだ)
【マルメン】「クビにしない」
【琉韻love】「……え?」
【マルメン】「俺はさ、仲間が戻りたいと思える場所にしたいんだ」
【琉韻love】「…………なんで。私、最低なことしたのに」
【マルメン】「最低かどうかなんて知らねえよ、だが、これ以上、仲間を道具にするなら容赦しない」
琉韻loveの返事は、泣き出しそうなほど小さかった。
【琉韻love】「わかった」
チャットが静かになる。
だが、マルメンははっきりと感じていた。
【マルメン】「これからもよろしくな。お前も大切な仲間だから」
【琉韻love】「え、好き」
【マルメン】「ガキに興味はねぇよ(笑)」
【琉韻love】「ガキじゃないもん…」
少し間を置き、マルメンは真剣に告げた。
【マルメン】「オニッシュにはちゃんと謝れよ。それでどうこうなるかなんてわからねぇけど、筋は通せ。俺はフローライトのココアに詫びを入れるから」
【琉韻love】「うん、オニッシュに謝る。逃げない」
琉韻loveとの個チャを終えたあと、マルメンはしばらく動けなかった。
画面には、まだ余韻が残るギルドチャット。
【たっちゃんパパ】「明日のレイドも勝つぞー!」
【クルス】「飯うまwww」
【ルミナ】「イェーイ!バッタ最強!」
その明るさが、胸に痛かった。
(俺は……ギルドを守れたのか?それとも、ただ先送りにしただけなのか?)
二本目のマルホロ・メンソールに火をつけ、深く吸い込む。煙が肺を満たす瞬間、決意も同じように固まっていく。
(逃げるな。筋を通せ)
マルメンはスマホを取り、フローライトのギルドマスター・ココアにDMを送った。
【マルメン】「今いいか? 話がある」
数分後。返信が来た。
【ココア】「こんばんは……オニッシュの件だね?」
呼吸が止まる。
【マルメン】「聞いてるんだな」
【ココア】「全チャで流れたから。オニッシュ=篝火紫苑って広まった瞬間、うちのギルド大パニックになったわ」
マルメンの手が止まる。どれだけオニッシュが仲間に愛されていたのか、フローライトの雰囲気が目に浮かぶ。
【マルメン】「悪い。理由を話す」
【ココア】「その前に、ひとつ」
画面越しでも伝わる。雰囲気が重い。
【ココア】「オニッシュは、自分の意思でそっちに移籍したのか?」
煙草の火が、紙の先まで焼け落ちる。
【マルメン】「違う」
【ココア】「知ってる。嘘ついたらあんたを現実でぶっ飛ばしに行くとこだった」
【マルメン】「すまなかった」
【ココア】「……もういいよ。マルメンさんは筋を通した。てか、現実でぶっ飛ばすってとこノーリアクション?ツッコむとこだよ?」
【マルメン】「……ココアさんにゃ敵わねぇな」
【ココア】「ギルドは違っても、同じゲームで、同じサーバーで戦ってる仲間でしょ。――同級生みたいなもんじゃん」
DMが途切れた。
スマホを置き、マルメンは三本目のタバコに火をつける。
「……同級生、か」
(俺は、仲間を守れるギルマスでいたい)
フローライトにとっても、
王国騎士団にとっても、
サンドウォールにとっても、
そしてダークキングにとっても。
守りたい仲間は、俺だけのものじゃない。
「上手いこと言うな……ホント、敵わねぇわ」




