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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第四章 マルメンの物語

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第十八話 話がある

 時は少し戻り、前回ギルド戦から三十分後。

 戦場の喧騒が嘘のように静まり返る。


 マルメンは、暗い部屋の中でモニターに映るギルドチャットを眺めていた。


 オニッシュは、自分たちの前であんなにも強かった。巨大なハンマーを振りかざし、敵を吹き飛ばすその姿にマルメンは本気で期待していた。


「キリキリバッタに、あいつが来てくれた。これで俺たちは変われる」


 そう思っていた。


 だが、琉韻loveの取り乱した叫びと、黒王のあの意味深な言葉が、胸の奥でずっと燻っている。


「臆病な少女が殻を破れば、面白くなる」


 少女?

 何のことだ。


(いや、違う。“比喩”の可能性もある。だが…)


 胸の内側で、嫌な予感が形になり始めていた。


 マルメンは小さく息を吐くと、外部チャットツール・ディスコを開き、シャインへ個チャを送った。


【マルメン】「ちょっと話せるか?」


 数秒後、通知が返ってくる。


【シャイン】「おつ。なんかあった?」

【マルメン】「VCでいい?」

【シャイン】「OK」


 ヘッドセットをつけると、すぐにシャインの声が聞こえた。


「で、マルメン。何があった?」


「……オニッシュのことだ」


 短く言うと、シャインの声が一瞬だけ固まった。


「さっきの試合で、オニッシュ…変だったろ」


「変というか……怖かったな。殴りに行く姿勢とか、なんか必死すぎた感じ」


「必死じゃなくて、追い詰められてるみたいだった」


 マルメンは、手元のマウスを握りしめた。


「うちに来た時は嬉しかったんだよ。戦力としてじゃなくて、一緒に強くなろうってそう思えた。

 でも……今日のあれは違う。あいつ、何かに焦ってた」


 沈黙。


 シャインも同じものを見ていたのだろう。


「…オニッシュと話してみるべきだと思う。今のままじゃ、あいつが潰れる」


「だよな」


「ただ――」


 シャインの声に、ほんの少しだけ緊張が混じる。


「琉韻loveが、オニッシュを異常に気にしている理由がわからない。あれが一番怖い」


 その時、モニター右下にSBWからの通知が点滅した。


【ダイレクトメッセージ:オニッシュ】


 差出人の名前を見た瞬間、マルメンの心臓が跳ね上がる。


「シャイン……オニッシュから連絡きた」


「内容は?」


 マルメンは震える指でメッセージを開いた。


【オニッシュ】「話がある」


 その文字の並びに、背筋が冷たくなる。


「話がある、とだけ」


「マルメン、慎重になれ。オニッシュの問題は…たぶん、ゲームの外だわ」


 その言葉に、マルメンは息を呑んだ。


 もしそうなら、キリキリバッタに来た理由が、居場所がなかったからだとしたら。


 マルメンはメッセージに返信する。


「聞くわ」


 送信。


 画面の光が、真夜中の部屋で揺れた。

 その時、まだ誰も知らない。

 この会話が、キリキリバッタの運命を狂わせていくことを。


 翌朝。

 スマホが震えるより先に、胸のざわつきで目が覚めた。


 龍臣たつおみは、寝ぼけた頭のままベッドから起き上がり、デスクの端に置いた箱に手を伸ばす。

 マルホロメンソール。深く吸い込み、肺の奥に冷気が広がる。

 ひどく眠いはずなのに、心臓だけはずっと昨日のまま走り続けている。


(……結局、はっきりしたことは何もわからなかったな)


 昨夜。

 オニッシュと通話した結果、確実に分かったのはただひとつ。


 ――オニッシュは、琉韻loveに弱みを握られている。

 そして 「無理矢理キリキリバッタに入れられた」 ということ。


 それがどんな弱みなのか、本人は言わなかった。

 聞き出そうとしても、まるで“何かに怯えるように”話題を逸らし続けた。


 火を押し当てたフィルターが、じり、と音を立てる。


(確信に触れる前に、通話を切られた)


 向こう側で、何かが起きている。

 オニッシュの声は終始震えていて、ゲームの話をしているはずなのに、まるで現実に追い詰められた人間の声だった。


 龍臣のスマホが、机の上で短く振動した。

 ディスコからの通知だった。


【シャイン】「昨日のこと、私たちだけに止めましょう。まだ時期じゃないわ」


(やっぱり、シャインもそう思ってるんだな)


 龍臣は返信せず、ただ画面を見下ろした。


 胸の奥で、嫌な予感が再び形を持ち始める。

 自分たちは思っていたよりも深い場所に足を踏み入れている。


 軽いギルド戦のドラマなんかじゃない。


(琉韻love……あいつ、何したんだよ)


 吸った煙を吐き出す。

 白く揺れる煙が、ぼやけて見えた。


 焦りか、怒りか、それとも恐怖なのか。

 自分が何を感じているのかすら、わからない。


 ただひとつだけ、はっきりしている。


 ――オニッシュは、救いを求めている。


 龍臣は、携帯のチャットアプリを開き、オニッシュに短くメッセージを送る。


【マルメン】「話せるとき、また連絡くれ。俺は逃げない」


 送信ボタンを押すと、画面の中のテキストが淡く光を放った。


 現実の朝は静かだ。

 けれど龍臣の中では、まだ戦いが続いていた。

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