第十五話 黒王の狙い
午後九時。ギルド戦が開幕した。
戦場を覆うのは、まばゆい魔法光と轟音。
無数のプレイヤーたちのスキルエフェクトが、夜空を昼のように照らす。
開戦から三分。すでに戦況は一方的だった。
キリキリバッタ側は、王国騎士団との同時布告に備え、主力を分散していた。
だが、それが命取りとなる。
【黒王】「カノン、左翼を。ペイン、前方制圧」
【カノン】「了解」
【ペイン】「潰す」
次の瞬間、地面を覆うような爆炎と衝撃波。
ペインの双剣、イビル・イン・ライトが大地を砕き、十数人が一瞬で蒸発する。
カノンの斬撃は光の礫となり、回避すら許さぬ精密さで敵を貫いた。
【シャイン】「くっ、早すぎるっ!無茶苦茶よ!!」
【マルメン】「前線っ、下がれっ!盾を立てろっ!」
だが、命令が届く前に前衛が崩壊していく。
黒王がゆっくりと歩を進めるだけで、戦場の空気が変わる。その背後に控える椿とRainの存在が、さらなる圧を加えていた。
【黒王】「退屈だな。作業のようだ」
その言葉通り、彼らはまるで掃除をしているかのようだった。
マルメンもシャインも、戦場をまとめることすらできず。次々と仲間が、炎と氷の奔流に飲み込まれていく。
さらに後方では――
【鬼朱雀】「裏切り者は燃やす!」
【シン】「了解っ!行くぜッ!」
紅蓮の剣が爆ぜる。
元のたっちゃんパパと琉韻love、その名を見つけた瞬間、鬼朱雀の瞳が燃え上がった。
逃げようとした二人を、シンの突進スキル《神速斬》が断ち、同時に朱雀の炎が全てを焼き尽くす。
【システム】《たっちゃんパパ 撃破》
【システム】《琉韻love 撃破》
【鬼朱雀】「裏切りの代償、安くはねぇぞ」
裏切り者に制裁が下り、戦場の均衡は完全に崩壊した。
【Rain】「もう、下位は終わりね」
Rainが手をかざす。
次の瞬間、上空に巨大な魔法陣が展開される。
【Rain】「アクア・ドミネイト!」
蒼い奔流が戦場を飲み込み、キリキリバッタの残存メンバーが一斉に光の粒となって消えていく。
残るはオニッシュ。
その周囲を静かに囲む、黒王率いる《ダークキング》。
黒王は腕を組み、短く命じた。
【黒王】「……椿、やれ」
その一言で、全員の動きが止まる。
誰も手を出さない。黒王は不気味に笑う。
キリキリバッタの残党チャットがざわつく。
舐められた。あまりにも侮辱的な展開。
【マルメン】「黒王め、人を雑魚扱いしやがって!」
【琉韻love】「クソッ……オニッシュ、見せてやれ!」
オニッシュの瞳には、深い闇と狂気が孕む。
【オニッシュ】「早くやろう」
椿は静かに刀を抜いた。
月光のような光が、夜叉装備の刀身を走る。
周囲の喧騒が遠のき、ただ二人の気配だけが戦場を支配した。
そして、決戦が始まる。
椿は、天十握剣をゆっくりと構える。
呼吸が静まり、視界のすべてが一つの線に収束していく。
【オニッシュ】「…キリキリバッタのメンバーなんてどうでもいい。僕はただ戦うだけだ」
オニッシュの瞳がわずかに揺れる。
その一瞬を、椿は逃さなかった。
【椿】「迷ってるな。それでは私に届かないッ!」
地を蹴る、閃光のような突進。巨鎚がそれを迎え撃つ。
しかし、鈍い音と共に血煙が舞った。椿の一閃は、オニッシュの左腕を切り落としていた。
【オニッシュ】「クソ……!」
それでも立ち上がる。右腕だけで巨鎚を構える。
だが、椿の動きは速かった。
その一撃ごとに、オニッシュの四肢が削られていく。
脚、腕、胸。すべてを正確に断ち切る、機械のような正確さ。
【椿】「あなたの狂気は、弱さの裏返しです」
オニッシュの剣が地に落ちる音が、静寂を破る。
【オニッシュ】「僕の……弱さ?」
その言葉は、誰にも届かない。
椿は刀を振り抜き、最後の一撃でその身を断ち切った。
【システム】《オニッシュ 撃破!》
【システム】《中央金大区画 勝者:DARK KING》
光の粒となって崩れていくオニッシュを、椿はただ無言で見つめていた。
それを見たキリキリバッタのメンバーたちが、チャットで荒れ出す。
【琉韻love】「ふざけんなッ! オニッシュ、何やってんのよッ!」
【シャイン】「loveさん、落ち着いて!」
怒号と罵声が飛び交う。
その異様な様子に、マルメンが一瞬、眉をひそめた。
【マルメン】「loveの奴、何をそんなに……」
【黒王】「やはり、そう来たか」
【カノン】「黒王……?」
【黒王】「臆病な少女がその殻を破れば、面白くなる」
黒王はゆっくりと笑みを深める。
【ペイン】「あんた、何を知ってるんだ?」
【黒王】「今にわかるさ」
戦場に静寂が戻る。
オニッシュの残響だけが、風に溶けて消えていった。
狂気に飲まれた者たち。
だがその質は、決して同じではなかった。




