第十四話 夜叉
水曜日の夜。
個人ランク戦を終えた椿は、静かに《ギルド拠点》の扉を開いた。
彼女は、まるで昨日とは別人のようだった。
ちょうどその時、もう一人の影が現れる。
【カノン】「速いな」
【椿】「えぇ、やっと一勝できた」
その装備を見て、何かを察した。
彼女の背中から漂う何かを捨てたような気配を。
ほどなくして、拠点の扉が再び開く。
重い足音とともに、黒王が帰還。
その後ろには、ペインと鬼朱雀の姿もあった。
闘技場帰りの熱気と緊張が、ギルドの空気をわずかに震わせる。
【黒王】「……勝ったようだな、椿」
低く響く声。
椿は無言でうなずく。
【黒王】「だが、無茶をしたようだな」
その一言に、場の空気が一瞬張りつめた。
黒王の視線は、椿の新しい刀に注がれている。
ただの装備ではない。
武器:天十握剣+3
盾:なし
頭:夜叉の頭+2
胴:夜叉の斗衣+2
腕:夜叉の腕+3
足:夜叉の修羅脚+2
靴:夜叉の妖履
装飾:鬼神の勾玉+3
※統一効果:攻撃力15%上昇
重課金者だけが手にできる、特別な光。
【椿】「勝ちたかっただけです」
静かな返答。
その裏にある焦燥を、黒王は察していた。
やがて、外の扉がふたたび開く。Rainが帰還した。
その後ろには、シンの姿も見える。
【Rain】「あれ、もうみんな戻ってたのね」
【鬼朱雀】「椿さん、その装備」
【シン】「うわ、マジか。夜叉シリーズ、フルセットかよ!」
驚きと称賛の声が次々と上がる。
椿は少しだけ視線を伏せ、照れくさそうに微笑んだ。
【シン】「しかも、椿さん……ランキング、めちゃ上がってましたよ」
拠点が一瞬、ざわめきに包まれる。
だが椿は、喜びの表情を見せなかった。
【椿】「ただ、勝ちたかっただけです」
木曜日。
個人ランク戦、開始三分。
椿は刀を抜く間もなく敵を斬り伏せた。
【システム】《勝利!》
【シン】「うわ……マジかよ、椿さん、開幕で一撃!?」
【鬼朱雀】「速すぎる……いや、もう別次元だな」
夜叉装備の効果と、重課金強化による圧倒的な火力。
前日までの苦戦が嘘のように、敵は次々と光に変わっていった。
金曜日。
再び個人ランク戦。
マッチングされた相手は、他サーバーのランキング上位の盾職。
防御特化で知られる強敵だった。
しかし、結果は瞬殺。
【ペイン】「それでいい、強さこそ全て」
【カノン】「ようそこ、こちら側へ」
椿は画面の向こうで、静かに息を整えた。
【椿】「ただ、勝ちたかっただけです」
ギルドの拠点。メンバー全員が集まる中、黒王がゆっくりと立ち上がる。
【黒王】「明日、土曜日のギルド戦。お前たちの力を見せてもらう」
低く響く声が広間を満たす。
【黒王】「椿。お前には、前衛を任せる。オニッシュを倒して見せろ」
一瞬、拠点が静まり返る。
【椿】「必ず、勝ちます」
彼女の瞳には、炎のような光が宿っていた。
勝利への執念か、それともRainの隣に立つための誓いか。
【黒王】「いい返事だ。……狂気を孕んだもの同士、いい戦いになるだろう」
【カノン】「狂気?」
【黒王】「そのうちわかるさ…では」
ログアウト音が順に響く中、椿はひとり画面を見つめた。
【椿】「……明日、絶対に負けられない」
夜叉の刀が、静寂の中で鈍く光を返す。
それは、勝利の刃か、それとも焦燥の象徴か。
椿自身にも、もう分からなかった。
翌日。土曜日、午前七時三十分。
画面の中央、ダークキングの面々が勢揃いしていた。
中央金エリア、布告成功。
黒王はゆっくりと腕を組む。
【黒王】「これで主導権はこちらのものだ」
地図上では、王国騎士団がダークキングの持つ銀区画に布告をしている。それを見た黒王は、ただ一言。
【黒王】「あそこは放棄だ。狙うはキリキリバッタのみ」
【ペイン】「確実に金を取るか」
【鬼朱雀】「いずれにせよ、金を取れば王国騎士団とは当たる」
【カノン】「今回は前座ね。バッタ如き、オニッシュ1人いたところで変わらない」
椿は黙って画面を見つめていた。
中央金大区画…最高報酬を孕む、頂点の戦場。
その布告者に、自分たちの名が刻まれている。
心臓が早鐘を打つ。
あの日、負け続けた自分はもういない。
今度は、勝ちに行く。
そして、午後九時。
空が割れるような轟音とともに、戦闘開始の合図が響く。
【システム】《ギルド戦、開戦!》
夜の戦場に、魔法の光と剣閃が交錯する。
黒王が前線に立ち、背後で椿が刀を抜く。
その刃先が、月光を浴びてきらめいた。
誰もが息を呑む瞬間。
【黒王】「全軍、突撃!」
声が飛んだ瞬間、画面全体が白く閃いた。
戦いが、始まった。




