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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第三章 椿の物語

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第十一話 Sランクの戦い

 月曜日、夜九時。

 机に肘をつき、モニターに映るログイン画面を見つめる椿。

 照明を落とした部屋の中、画面の光が横顔を淡く照らしていた。

 その眼差しには、誇りと孤独が同居していた。


「Sランク、ね……。私には出来すぎた舞台だわ」


 唇に浮かぶ微笑は、どこか自嘲めいていた。

 《個人ランク戦》サーバーを超え、数多のプレイヤーが集う戦場。


 椿が振り分けられたのはSランク。

 Sランクは各サーバー上位25名、計100名。

 以後、毎週下位20名がAランクの挑戦者と入れ替えられる。まさに、頂と奈落が紙一重で交錯する世界。


 32サーバーの現ランキングは、こうだ。


1位 カノン

2位 黒王

3位 すなっち

4位 ランスロット

5位 オニッシュ

6位 ペイン

7位 ガラハッド

8位 鬼朱雀

9位 シン

10位 Rain

22位 椿


 名だたる剣士、魔導師たちに並ぶには、まだ遠い。

 だが、必ず届かせる。


「いつかは咲かす、大輪の花……」


 開始の刻。

 闘技場に灰が舞う。崩れた石柱の間を風が渡り、二つの影が向かい合った。

 相手を見ただけで椿は察する。


 ()()()()()()()()()


【アブソル】「俺はアブソル。29サーバーのトップだ。一応な」

【椿】「椿よ。風の剣士って呼ばれてる」

【アブソル】「共に刀か。……歓迎の花束はないぞ」

【椿】「いらないわ。血と風で、咲かせてみせる」


 それでも強気で、勝ちに行く。


 開幕と同時、椿はすぐさま《断空閃》を放つ。残光が弧を描き、風と共に斬り込む。


 だが、その刃は届かない。

 アブソルの刀がわずかに角度を変え、力を殺した。

 次の瞬間、反撃の突きが心臓を狙う。HPが半分、一瞬で消える。


【椿】「……速い」

【アブソル】「お前の剣筋、読める」


 言葉と同時に追撃。

 椿は回避し背を取るが、その瞬間、後ろ蹴り。

 風を裂く衝撃が背中に突き刺さった。


【椿】「っ……読まれた!?」

【アブソル】「戦場で、意外は一度きりだ」


 倒れ込みながらも、椿は再び剣を握る。

 血のような光が刃に宿り、空気が震えた。


【椿】「まだ……終わってない!」


 剣が風と炎を纏い、爆ぜる。

 閃光の中を突き抜けた椿の斬撃は空を切る。

 煙の奥で、アブソルは一歩も動いていなかった。


【アブソル】「遅い」


 その声と共に、鋼が走る。

 次の瞬間、椿のHPはゼロになっていた。


 静寂。敗北。


【椿】「……見事。完敗ね」

【アブソル】「お前の剣、風の誇りがある。次は吹き荒れるかもしれんな」


 通信が切れ、世界が霧散する。

 椿は小さく息を吐き、剣を下ろした。


(……まだ、届かない。でも、私は止まらない)


 ギルド拠点へ戻ると、黒王、カノン、ペインの三人が既に帰還していた。

 彼らはそれぞれ勝利を収め、静かに談笑している。


【黒王】「……敗れたか、椿」

【椿】「えぇ、完膚なきまでに」


 間もなく鬼朱雀、シン、Rainも帰還。全員勝者。

 やがて他のメンバーも戻り、勝者も敗者も入り混じる中で、瞬殺されたのは椿ひとりだった。


 それでも、彼女は片膝をつき、剣を掲げた。

 その姿は敗者ではなく、誇り高き剣士だった。


 敗北の痛みを、次の一陣へと変えるように――。


 椿がログアウトをすると、画面が闇に沈んだ。

 モニターの光だけが、薄暗い部屋を照らしている。


 藤村紗月ふじむらさつきはしばらく動かなかった。

 指先に、まだアブソルの剣圧が残っている気がした。


(あれが、29サーバーの頂点…)


 次元が違う、とはこのことだ。


 深く息を吐き、ヘッドホンを外す。

 現実に戻った瞬間、部屋の静けさがやけに広く感じられる。ゲームでは一流の剣士、だが今の彼女はただの社会人。


 スマホが震えた。

 通知の光が小さく瞬き、画面には「玲」の名前。


「いきなりアブソルとか運悪すぎでしょ」


 紗月は苦笑しながら返信を打つ。


「悪運も実力のうち。風の剣士、地に伏すってね」


 すぐに既読がつき、返ってきた。


「詩人だねwでもあの強さ、カノンや黒王でも勝てないかもだよね」


「うん…完全に読まれてた。剣を抜いた瞬間、もう勝負は決まってた」


 しばらく間を置いて、もう一通。


「でも、風は止まらないでしょ?」


 その文字を見た瞬間、胸の奥で何かがふっと温かくなった。

 紗月は静かに微笑み、返信を打つ。


「当たり前。嵐にだってなる」


 送信を終えると、画面の端に小さなスタンプが届いた。

 モニターの明かりが落ち、部屋は再び暗闇に包まれる。


 窓の外を見上げると、街の灯が滲んでいた。

 カーテンの隙間から夜風が入り、静かに頬を撫でる。


 風が吹き、雨が降る。

 そしてその果てに二人で創る最強の嵐が、サンドボックスウォーズの世界を震わせる。


 紗月は椅子にもたれ、そっと目を閉じた。

 明日も仕事、現実は待ってくれない。

 けれど、心のどこかで、また剣を握る自分が微笑んでいた。


 風はまだ、止まらない。

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