第九話 友達が裏切ったら?
月曜日。
教室の窓から差し込む朝の光は、週末の余韻をまだ引きずっているようだった。
佐伯杏奈はノートを開いたまま、ぼんやりとページの隅を見つめていた。
「杏奈、どうしたの?また夜更かし?」
隣の席の美桜が首をかしげる。
「あ、ううん……ちょっと考えごと」
杏奈は目を伏せたまま答える。
「珍しいね、杏奈がぼーっとしてるなんて」
後ろの席の優奈が興味を示す。
杏奈は小さく息をつき、ぽつりと言った。
「ねぇ、美桜。もし、仲の良かった友達が突然裏切ったら……どう思う?」
空気が一瞬止まる。
「うわ、それショックでしょ。私なら絶対許せないかも」
優奈がペンをくるくる回しながら答える。
「状況によるけど。理由も聞かずに責めるのは、ちょっと怖いかもね」
美桜は少し目を伏せ、言葉を選ぶように続けた。
「裏切らなきゃならなかった理由が、もしかしたらあったのかもしれないし」
杏奈は小さくうなずく。
「じゃあさ、その裏切った友達が悲しそうな顔をしてたら?」
優奈がきょとんと顔を上げる。美桜だけは、少し真剣な表情になった。
「……それなら、きっと本当に裏切ろうと思ったんじゃなくて、何かを迷ってたんだと思う」
杏奈は息をのむ。
その言葉が、まるで心の奥を見透かすように響いた。
窓の外、秋の風がカーテンを揺らす。
柔らかな光の中で、杏奈の胸の奥にある小さな痛みが、再びじんわりと広がっていった。
授業が始まり、黒板の文字が淡々と流れていく中でも、杏奈の意識はどこか遠くにあった。
美桜や優奈の声は聞こえるが、彼女の頭の中には、あの夜のオニッシュの瞳がちらつく。
(本当に……あの人、フローライトを裏切りたくてあそこに行ったのかな)
戦場で勝利を収めたにも関わらず、どこか虚ろで、悲しげな瞳。その違和感が、杏奈の胸の奥で小さな棘のように残っていた。
(絶対、何かある……)
そう思うと、胸の奥がざわつく。
ゲームの中の仲間たちも、現実の友達も、誰もその真実を知らない。
杏奈は画面を見つめながら、静かに決意した。
(確かめなきゃ。オニッシュのこと、ちゃんと知りたい)
再び窓の外を見やると、秋の風が校庭の木々を揺らしていた。
柔らかな光と冷たい風が入り混じる教室の中で、杏奈の小さな決意は、確かに芽生えた。
次のギルド戦までの時間、彼女は少しずつ、オニッシュの謎に向き合う覚悟を固めていくのだった。
月曜日の午後、杏奈は美桜と優奈の家に遊びに来ていた。
広々としたロビーには、大きなテレビが置かれ、小学生の弟が夢中で動画を見ている。
「なに見てるの?」と杏奈が近づくと、弟は目を輝かせて答えた。
「サンドボックスウォーズの配信だよ! 紫苑さんの!」
杏奈は思わず笑う。
「私もこのゲームやってるよ」
すると優奈が驚いた声を上げる。
「マジ?篝火紫苑いた?」
杏奈は首を傾げる。
「ん? 誰?」
弟は画面を指さし、熱心に語り始めた。
「紫苑はさ、俺が見てるこの動画の配信者なんだ。最初はさ、ヤケ酒45の篝火琉韻の妹で、姉に乗っかっただけだろって思ってたんだけど……」
弟の声が少し熱を帯びる。
「ゲームめちゃ上手いし、琉韻とは別の魅力があるんだよ!」
杏奈は画面越しの弟の熱意を聞きながら、ふっと微笑んだ。
彼女自身も、ゲームの世界では色々な人と出会い、仲間や敵との絆を経験してきた。
この弟の目に映る紫苑も、またひとつの特別な存在として輝いていた。
「ふ〜ん……確かに上手いかも」
杏奈が動画を眺めると、紫苑のプレイは華麗で正確、戦略的だった。
弟は目を輝かせながら解説を続ける。
「見て見て、この連携! やっぱ紫苑すごいよ!」
「ほらほら、ゲームはいいから!」
美桜の声に、杏奈と優奈は顔を上げる。
午後のひとときは、ゲームよりも楽しいことに切り替わった。
三人はロビーの大きなテーブルに座り、コスメを広げる。リップやチーク、ネイルをお互いに試しながら、笑い声が絶えない。
「この色、似合うかな?」
「めっちゃ可愛いよ、杏奈!」
「優奈、そのネイルすごくいいじゃん!」
スマホ片手に、SNSに仲良し投稿も忘れない。
「今日も遊んだよ!」の文字と共に、三人の笑顔の写真が次々とアップされる。
ふと、窓の外を見ると、午後の日差しが柔らかく差し込み、部屋の中を温かく照らしていた。
笑い声と小さな話題が絶え間なく続く中、杏奈は心の片隅で、ゲームでの出来事やオニッシュのことを思い出す。
だが今は、目の前の時間を楽しむことに集中できる。
夕方が近づく頃、三人はコスメや荷物を片付け、家を出る準備を始めた。
玄関先で靴を履きながら、美桜がにっこり笑う。
「今日も楽しかったね。また遊ぼうね」
「うん、また来るね!」
「私も!」
それぞれの家へと帰る道すがら、杏奈は心の中で小さくつぶやく。
「……オニッシュのことも、忘れちゃいけない。やっぱり、友達が裏切るなんて、あっちゃダメだ!」
帰宅した杏奈は、カバンを置き、窓の外を眺める。
夕暮れに染まる街並みの向こうに、一日の終わりを感じる。ゲームの中も、現実の友達との時間も、どちらも大切にしながら、杏奈は日々を過ごしていく。




