第七話 フローライトの再出発
夜九時、中央金大区画。
フローライトとキリキリバッタの戦いが始まった。
開戦直後、戦場の視線は自然とオニッシュに集まる。かつてフローライトの仲間として共に歩んだ男は、今や敵として最前線に立ち、言葉もなく突き進む。
ハンマーを振るうたびに地面が砕け、衝撃波が周囲の仲間たちを吹き飛ばす。
Whiteが盾で防ごうと前に出るも、衝撃で足を取られ一歩後退。
Geminiが風の刃で応戦するが、攻撃は全て読み切られ、軽々とかわされる。
スカイやタイガーの攻撃も、オニッシュの前では形ばかり。
仲間たちは言葉を失い、ただその圧倒的な力に圧倒されるしかなかった。
【ココア】「……オニッシュ、止まらない」
ココアの声も、震えを帯びる。
敵陣側もまた、オニッシュの圧倒的な存在に息を飲む。
マルメンや琉韻love、シャインたちが声を上げるも、オニッシュは一切応答せず、攻撃に専念する。
歓声や指示も、彼には届かないかのように。
奥義・アースブレイク・イクリプス
戦場の中央、Whiteを標的にオニッシュが奥義を解放する。
大地を貫く衝撃とともに、巨大な黒い影が空を覆い尽くす。
【オニッシュ】「アースブレイク・イクリプス」
その一撃で、重騎士Whiteは防御を貫かれ、地面に沈んだ。
【システム】《中央金大区画 勝者:斬々抜断》
キリキリバッタ側の歓声も、オニッシュには届かない。その背中は、勝者というより、何かを失った者のようだった。
勝利の余韻に浸る者たちの声を、彼は無視するかのように、ただ立ち尽くしていた。
Geminiの違和感
「……オニッシュ、なんか変だ」
Geminiの瞳に、今までの仲間とは違う冷たさと、どこか虚ろな表情が映る。
違和感と不安が、彼女の胸に小さく芽生えた。
大区画を失ったフローライトは、久しぶりに通常区画の拠点へと戻ってきた。
戦闘の余韻がまだ指先に残る。誰も言葉を発さず、ただ静かに椅子に腰を下ろす。
そんな中、ココアが口を開いた。
【ココア】「……ねぇ、みんな。私、思ったんだ」
彼女は落ち着いていた。
【ココア】「今まで、私たちはオニッシュに頼りすぎてた。彼がいたから安心して、つい後ろに下がってた。でも、もう違う。私たちは、自分たちの力で立たなきゃ」
沈黙の中で、誰かが小さく頷いた。
Whiteも、ゆずも、スカイも、Geminiも、静かにその言葉を噛みしめるように目を閉じる。
負けは悔しい。けれど、不思議と誰の顔にも暗さはなかった。
【タイガー】「……そうだな。ここからだよな、フローライトは」
【むー】「負けても、終わりじゃないです」
その言葉に、拠点の空気が少しずつ温かさを取り戻していく。
【リデル】「オニッシュの代わり、とまではいかないけど…私たちが加わったんだ、次は結果を出す」
【烈火】「おうともおうとも!やったるぜ!」
戦場で傷ついた心の奥に、再び“仲間”という灯がともった。
その夜、Geminiは外部チャットツールのディスコを開く。
【Gemini】(……やっぱり、気になる)
通話の呼び出し音が鳴り、数秒後、ココアの声が届いた。はっきりとした声、それでいて優しい。想像通りの声だ。
【ココア】「どうしたの?」
【Gemini】「あのね、オニッシュのこと……ちょっと話したくて」
Geminiは迷いながらも、ゲーム中に感じた“違和感”を語る。攻撃の鋭さ、動きの正確さ、そして勝ってもなお、どこか悲しげだった瞳。
【Gemini】「あの人……本当に、あのキリキリバッタに行きたかったのかな?」
【ココア】「……」
通話の向こうで、ココアが息を呑む音がした。
【ココア】「……もしかしたら、何かあったのかもしれないね」
夜の静寂の中、二人の声だけが響く。
仲間を想う気持ちと、過去への未練。
画面越しでも伝わるその温度は、まるで再び繋がろうとする絆のようだった。
日曜日、夜九時。
週に一度のレイドバトルの時間がやってきた。
オニッシュを失ったフローライトは、今夜、星4のレイドボス《クリムゾン・バジリスク》に挑む。
これまでより一段低い難度とはいえ、ギルドの再出発には十分な試練だった。
【White】「よし、今夜は俺が指揮をとる。焦らず、確実に行こう」
【Gemini】「了解っ!」
【スカイ】「リデルさん、回復お願いしまっす」
【リデル】「任せてください。負けられませんから」
この日は、久しぶりにハルトとマルロも参戦していた。
主力のココアとゆずが不在の中、残ったメンバーたちは力を合わせて動く。
前衛を烈火とタイガーが守り、後衛のGeminiが風魔法で支援。
スカイの炎が敵の足を止め、むーの矢が確実に弱点を射抜く。
【ハルト】「ナイス、Gemini!」
【Gemini】「そっちもナイスっ!」
全員の息がぴたりと揃う。
指揮官・Whiteの冷静な判断が、戦場を的確に導いていた。
【White】「烈火、今! 全員、合わせろ!」
炸裂するスキルエフェクトの光。
白と紅の閃光の中で、巨大なバジリスクが断末魔をあげ、崩れ落ちた。
【システム】《クリムゾン・バジリスク 討伐成功》
モニターの向こうで、メンバーたちの歓声が一斉に上がる。ココアもゆずもいない。そして、オニッシュももういない。それでも、自分たちは前に進めた。
その手応えが、何よりの報酬だった。
【スカイ】「やった……! Whiteさんマジナイス!」
【White】「いや、みんながちゃんと動いたからだ」
【リデル】「次は星5、いけそうですね」
【Gemini】「うん、絶対いけるよ!」
チャット欄のログが光る。
結果速報が流れ、他ギルドの戦果も続々と報告されていた。
《ダークキング 星6レイド失敗》
《王国騎士団 星6レイド失敗》
《キリキリバッタ 星6レイド失敗》
【タイガー】「……え、マジか。あの三つとも失敗?」
【White】「星6はそれだけ難しいってことだ」
【Gemini】「でも……少し、うれしいね。私たち、オニッシュ無しでも、ちゃんと勝てた」
勝ち負けじゃない。
それでも、自分たちの力で勝ち取ったこの“星4クリア”は、確かな一歩だった。
フローライトの夜が、またひとつ輝きを取り戻していく。




