第六話 個人ランク戦どうだった?
土曜日、朝七時半。
第32サーバーの戦況を示すマップに、新たな布告が表示された。
フローライトの中央金に、斬々抜断が宣戦布告。さらに、中央への布告合戦に敗れたDARK KINGが、次の標的として北西銀に布告を出したのだ。
オニッシュが抜けた今、フローライトはまさに絶体絶命の状況に追い込まれていた。
【烈火】「……どうする? 二箇所は無理だぞ」
【リデル】「どちらか片方を守りきるべきですね」
【スカイ】「…中央金を最優先しましょう」
短い沈黙のあと、ギルドの方針は決まった。
フローライトは中央金に全戦力を集中。
北西銀には、前回同様、ゆずのサブ垢が単独で防衛に入ることとなった。
緊張が漂うチャット。だが、その重苦しい空気を、ひとりの少女が軽やかに破った。
【Gemini】「ねぇねぇ、みんな昨日のランク戦どうだった?」
【烈火】「あぁ、昨日のか。俺は31サーバーの奴を焼き切り裂いてやったぜ!いや、切り焼き裂いた!」
【ココア】「どっちでもええわw」
【Gemini】「流石烈火さん、私はサンドのぽよぽよさんと当たって、引き分けだったよ!」
その声は、まるで嵐の前の一瞬の晴れ間のように、場を和ませた。
仲間たちの間に、かすかな笑いが戻る。
【リデル】「私は29サーバーのプレイヤーが相手だった。負けてしまったよ」
【スカイ】「俺も29サーバーの相手でした、同じく負けっす(泣)」
【ココア】「ぬっふっふ!私は勝ったわよ!」
【烈火】「どんな笑い方よw」
画面越しに交わされる笑い。
戦いの合間にも、こうして他愛ない会話ができるのが、フローライトの強さでもあった。
スマホの画面を閉じると、時計の針は午前八時を少し過ぎていた。
杏奈は、ふぅと息をつき、伸びをする。
カーテンの隙間から差し込む初夏の光が、部屋を明るく照らしていた。机には昨夜の紅茶のカップと、開きっぱなしの魔導書……いや、英語の参考書が一冊。
杏奈は寝癖を手ぐしで直しながら、洗面所へ向かった。鏡に映るのは、眠そうな目をした、どこにでもいる高校一年生の少女。
ただ、心のどこかでまだGeminiの余韻を引きずっている。
「……今日は午後からバイトだし、午前中だけ勉強しよっかな」
小さくつぶやいて、机に戻る。
現実とゲーム、二つの世界が、彼女の中で確かに繋がっていた。
午後、制服に着替えて近所のレストランへ向かう。
休日の昼前、厨房から漂うコーヒーの香りと客のざわめきが、ゲームの世界から少しずつ現実へと意識を戻す。
「お、今日も元気だな」
店長が笑いながら声をかける。
「はい! 朝からゲームで全力出しちゃったんで、元気しかないです」
カウンター越しに注文を受けつつ、何気ない会話が続く。
「推しとかアイドル見る?」
「えっ……私はあんまり興味ないです」
「そっかそっかwヤケ酒45の、篝火琉韻の妹が配信デビューしてさ、まだ慣れてないみたいで、見ててちょっとぎこちないんだけど、それが可愛いんだよ!」
「へぇ、そうなんですか」
杏奈はまるで興味がないが、話は続く。
「そう、ゲーム配信してんのよ。たしかCMでよくやってる…なんだっけ、SCPだっけ?」
「へぇ、そうなんですね」
店長がまさかSBW…サンドボックスウォーズのことを言っているとは全く思わなかった。
ゲームや学校のことは一旦置いて、店内には日常の空気が流れていた。
休日の昼前から夕方まで、注文を受け、コーヒーを入れ、接客に追われる。
やっと閉店の片付けが終わり、制服を脱いで家に帰ると、時計の針はすでに夕方六時を回っていた。
窓から差し込む夕陽が、部屋の壁をオレンジ色に染める。
軽く夕食を済ませたあと、スマホを手に取り、画面を覗き込む。
ギルドチャットには、夜の戦いを前にした仲間たちの書き込みが増えていた。
【ゆず】「今夜は集中していこう」
【スカイ】「中央金、全力で守る」
【ココア】「ぬっふっふ、やるわよ!」
【タイガー】「姐さんそれハマってんの?笑」
【烈火】「夜も燃やすぜ!」
中央金・防衛戦。防衛側は主を倒されたら終わり。主を引き受けるのは、もちろんこの男。
【White】「俺の盾が、奴らを防ぎきる!」
オニッシュ離脱により、フローライト最強戦力となった重騎士White。総合力ランキングは35位。
特に、その防御力はトップクラスである。
Geminiは心の中で戦略を確認し、夜九時の開始に向けて集中を切り替える。
この日は、ハルトとマルロ以外全員ログイン。このイン率もフローライトの強さである。
まもなく夜九時。戦いの時間が、静かに、しかし確実に迫っていた。
そして、開戦。
敵のギルド《斬々抜断》の最前線はオニッシュ。今まで共に歩き、誰よりも頼もしかったその姿は、いま、最悪最強の敵と化した。




