表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 Geminiの物語

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/91

第四話 それでもフローライトは進む

 木曜日の夜。

 フローライトのギルドチャットには、いつもと少し違う空気が漂っていた。


【ココア】「新ダンジョン来たね! レイドも楽しみ! ワクワクするなぁー! 今日も平常運転でいこう!」


 文字だけのやり取りなのに、スカイやGemini、タイガー、ゆず、リデル、烈火はすぐに気づいた。

 ココアがいつもより落ち着きなく、文字を打つ速度も微妙に揺れていることを。


 Geminiの画面の向こう――

 杏奈あんなは画面を見つめながら、小さく息を吐く。

 ハーフ特有の淡い金髪と茶色の瞳が、部屋の明かりにわずかに光る。

 彼女もまた高校一年生。スカイと同じ学年で、無課金ながらフローライトの中で魔法役として重宝されていた。

 画面越しに伝わるココアの緊張を感じ取りながら、ジェミニは自分の魔法の準備を整える。


【White】「大丈夫だ、俺たちがいる」


 その短い一文で、ココアの文字が少し落ち着いた。


【ココア】「ごめん、ありがとう……」


 新しいメンバーも続々と反応し、冒険に向けて動き始める。


【スカイ】「じゃあ、今日は塔を登ろう!」

【Gemini】「うん、みんなで一緒に」

【タイガー】「準備OKだ」

【ゆず】「行こう、フローライト!」

【リデル】「回復は任せて」

【烈火】「剣は俺が守る」


 夜勤のマルロはいないが、それでも塔を登る準備は十分だった。

 チャットに浮かぶ文字のひとつひとつが、仲間たちの決意を伝える。


 ジェミニは画面の向こうで文字を打ちながら、仲間たちの存在に小さな安心を覚える。

 オニッシュの抜けた穴は大きかったが、それでもフローライトは進む。

 塔の階段を一歩ずつ登るように、失ったものを胸に刻みつつ、未来へと進む。


 文字だけのやり取りの中で、杏奈はしっかりと仲間たちとつながっていることを感じていた。


 翌日――

 放課後のチャイムが鳴ると同時に、教室のざわめきが一気に弾けた。

 窓の外には夕焼けが広がり、オレンジ色の光が机や椅子を染めていく。


「杏奈ー! 今日カラオケ行かない?」


 前の席の友達・美桜が元気よく声をかけてくる。

 佐伯さえきジェミニ杏奈は、少し笑いながら振り返った。


「いいね、テストも終わったし! ストレス発散しよっか!」


 その明るい声に、周りのクラスメイトたちも自然と笑顔になる。

 杏奈は、日本人の母とアメリカ人の父をもつハーフ。

 淡い金髪に茶色の瞳という異国的な雰囲気も相まって、校内ではちょっとした有名人だった。

 けれど本人はそんなことを気にせず、いつも誰にでも気さくに話しかける。


「杏奈ってさ、ほんと人気者だよね」


「えー、そんなことないってば!」


 笑いながら手を振る杏奈に、友人たちは「またまた~」と茶化す。


 帰り道、制服のスカートを揺らしながら、駅へ向かう坂道を歩く。

 カラオケの話題で盛り上がりながらも、杏奈の頭の片隅には、さっきまでの“もうひとつの世界”がちらついていた。


(今夜は塔、登るんだよね……)


 スマホの中にある《フローライト》のギルドチャット。

 そこには、現実では会ったことのない仲間たちがいて、自分のもう一つの居場所がある。


「杏奈? どうしたの?」


「ん? ううん、なんでもない!」


 そう言って笑顔を見せる。

 放課後の光の中、楽しげな声が街に溶けていく。


 人気者の高校生、佐伯ジェミニ杏奈。

 現実では笑顔を絶やさない少女は、夜になると魔法使いとして仲間の背中を守るもうひとつの顔を持っていた。


 友達とカラオケで盛り上がり、杏奈の歌声は夜になるころには少しかすれていた。

 笑いながらドリンクバーのカップを片手に、「次、杏奈いこー!」と声をかけられるたび、全力でマイクを握る。

 好きなアニソンも、バラードも、途中でハモりを入れて大合唱。

 気づけば、声が枯れるまで歌っていた。


 帰りの電車では、窓に映る自分の顔を見て、ふっと微笑む。


「今日も楽しかったな……」


 家に着くと、母の「おかえり」の声。

 テーブルの上には、湯気の立つ味噌汁と焼き魚。

 豪華ではないけれど、どこかほっとする温かさがある。


 食事を終え、シャワーを浴びて髪を乾かす。

 宿題を終え、あとは自由時間。時計は午後八時半を指していた。


 スマホを持つ指先が自然と、あのアイコンをタップする。


 《サンドボックスウォーズ》ログイン。


 再び“もうひとつの世界”が、彼女を迎え入れた。

 画面に映し出されたログインメニューの横に、新しい文字が光っていた。


【新機能:平日個人ランク戦 本日午後9時開催】


 杏奈は少し息をのむ。

 フローライトのみんなと進む協力戦も好きだが、これは自分ひとりの力が試される舞台。


「……やってみよう」


 小さく呟き、指先でタップする。

 画面が切り替わり、無数のプレイヤーたちが名を連ねるランキングが現れた。

 心臓が少しだけ早くなる。


 キーボードに置いた手が、微かに震える。

 けれど、それは恐れではなく、挑戦の高鳴り。


 Geminiはゆっくりと息を整え、ランク戦の会場へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ