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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第一章 琉韻loveの物語

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第二話 一方通行

 火曜の夜。

 レストランのバイトを終えて帰宅した星音は、制服のままノートパソコンを開いた。


(……返ってこない)


 画面には、個人チャットの履歴が映っていた。


【琉韻love】「こんばんは! 昨日の配信見ました!すごく面白かったです!」

【琉韻love】「オニッシュさんって、紫苑ちゃんですよね? びっくりしました!」

【琉韻love】「あの、少しお話しできませんか?」


 何度もページをリロードしてみるが、反応はない。

 胸の奥が、じわりと重くなる。


(……距離を詰めすぎた?変に思われたかな)


 自分でもわかっている。

 配信を見て気づいて、声をかけた。

 それが、迷惑だったのかもしれない。


 それでも、少しでも話してみたかった。

 あの配信の時、怯えたような笑顔をしていた彼女のことが、どうしても気になる。


 時計を見ると、もう夜十時。

 ギルド《斬々抜断》のチャット欄がにぎやかに動き始めた。


【たっちゃんパパ】「今日、ヤケ酒45の台で勝ったわ!課金できる、琉韻ありがとう!」

【マルメン】「出たw 7図柄=琉韻だからな。信仰心で勝つタイプw」

【シャイン】「ちょ待て、パチ話ついてけんw」

【金糸雀】「私外しました……」

【マルメン】「え、金糸雀も打つの!?」

【たっちゃんパパ】「意外すぎるwてか沼だぞw」

【リオン】「あのグループ、どんだけ経済回してんだw」


 モニターの向こうでは、いつもの夜が流れている。

 笑い合い、冗談を交わす声が目に浮かぶようだ。

 でも、星音の指は、キーボードの上で止まったままだった。


【マルメン】「おい琉韻love、どうした? 大人しいなw」


 数秒の沈黙。星音はためらってから、ようやく打ち込む。


【琉韻love】「ちょっと考えごと」

【シャイン】「おー了解」

【ルミナ】「珍しいね」

【リオン】「恋でもしたか?」

【マルメン】「それは推しに決まってんだろw」

【金糸雀】「明日アプデですよー。寝落ち厳禁!」

【シャイン】「おっけー! メンテ明け集合!」

【マルメン】「んじゃ解散ー!」


 にぎやかなギルチャが、少しずつ静まっていく。

 星音は最後にもう一度、個人チャットを開いた。


【琉韻love】「おやすみ、オニッシュさん」


 送信ボタンを押して、ノートPCを閉じる。

 暗い部屋の中で、星音は天井を見上げた。


(どうして返してくれないんだろ……)


 少しの期待と、少しの痛みが胸に残る。

 外では冷たい風が吹き抜け、窓をかすかに揺らした。


 水曜、午後八時。

 《サンドボックスウォーズ》は定期メンテを終え、新バージョンが稼働を始めていた。


【シャイン】「おおおお!アプデ来たー!」

【マルメン】「なにこれ、奈落ダンジョンww 名前からして無理ゲー」

【ルミナ】「星6以上のレイドとか正気じゃない」

【金糸雀】「星5でも勝てませんよね……」

【リオン】「俺たちも結構強くなったけど、トップクラスにはまだ遠いな」

【シャイン】「フローライトとか王国騎士団とか、あの辺マジで別世界」

【マルメン】「俺らは楽しくやれればそれでよし!」


 いつもの和気あいあいとした空気。

 星音――琉韻loveは、その輪の中で静かに画面を見つめていた。


 コメントを打とうとしても、指が止まる。

 昨夜から、オニッシュからの返事はなかった。

 既読すら、つかない。


(……なんで無視するの?)


 胸の奥が、じわじわと熱を帯びていく。

 何度もリロードして、何度も落胆して。

 そんな繰り返しの中で、心のどこかに別の声が生まれた。


(知ってるの、私だけなのに)

(琉韻様の妹ってこと、誰も知らないのに)

(無視していいと思ってるの?)


 その瞬間、胸の奥で()()がゆっくりと目を覚ました。

 憧れの光が、嫉妬の炎に変わるように。


【マルメン】「琉韻love? おーい、今日も静かだな?」

【琉韻love】「……うん、アプデ見てた」

【シャイン】「お前が静かだと落ち着かんw」

【金糸雀】「今日も推しの酸素吸って!」

【リオン】「酸素供給開始ーw」

【マルメン】「はい解散前に一言。アプデ最高!」


 ギルチャが笑いの波で締まる中、星音はそっと別ウィンドウを開いた。

 そこには、オニッシュの名前。


 カーソルが、個人チャットの欄で止まる。

 呼吸が浅くなる。

 指が震えながら、ゆっくりと文字を打ち始めた。


【琉韻love】「ねえ、紫苑ちゃん。返事ないけど……」


 画面の光が、星音の瞳に映る。

 その目はもう、昨日の彼女ではなかった。


【琉韻love】「バラされたくなかったら、フローライト抜けてバッタに来て」

【琉韻love】「話、しよう。二人だけで」


 送信ボタンを押す指先に、ためらいはなかった。

 その瞬間、ノートPCの画面がわずかに反射し、

 星音自身の顔が映り込んだ。

 笑っていなかった。

 でも、泣いてもいなかった。


 ただ、どこか遠くを見ているような、静かな瞳。


(これでいい……私だけが、紫苑の正体を知ってるんだ)


 小さく息を吐き、星音はモニターを閉じた。


 その背後で、通知音がひとつ。

 オニッシュからの返信ではなく、アプデ記念イベントの告知だった。


【システム】「期間限定イベント《奈落の門》開催中!」


 その夜、琉韻loveの中で眠っていた()()()()()が、確かに息をした。

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