第五話 午前は部活!午後は雑談!夜ゲーム!!
翌朝。
空也は眠い目をこすりながら、いつものように学校へ向かった。
昨夜の冒険の余韻がまだ抜けきらない。頭の片隅では、ココアやそるの声が何度もリフレインしていた。
午前の授業が終わると、剣道部の稽古が始まる。
夏が近づくこの季節、体育館は蒸し風呂のようだ。
面をかぶるたびに熱気がこもり、息を吸うのも苦しい。それでも、竹刀を握る手だけは緩めない。
「そこ!踏み込みが遅い!」
「面、面!もっと前へ出ろ!」
顧問の怒号と竹刀の音が重なり、時間の感覚が遠のいていく。仕上げの掛かり稽古で体力は残りゼロ。
稽古を終えたころには、全身が汗でずぶ濡れだった。
時計を見ると、昼前。
同じころ、サッカー部の練習を終えた大地もグラウンドのベンチで水をあおっていた。
「おーい空也、今日も地獄だったか?」
「地獄以外の言葉が見つからん」
「ははっ、うちもだよ。監督、試合前だからって張り切りすぎだろ」
そう言いながら、大地は仲間たちに向かって叫ぶ。
「おい、シャワー浴びたら昼メシ行こうぜ!ハンバーガーの新メニュー出てるらしい!」
「マジか!」「それ行こー!」
部活を終えた高校生たちは、汗だくのまま笑いながらロッカー室へ消えていった。
いったん帰宅した空也は、冷たいシャワーを浴びて制服に着替える。
鏡に映る自分の顔は、部活の疲れで少しやつれているようにも見えた。
それでも、口元には自然と笑みが浮かぶ。
なんてったって今から気の合う仲間たちと昼飯だ!
昼過ぎ、駅前のハンバーガーショップ。
大地たちはすでに席を確保していた。部活帰りの男子たちが数人、ポテトをつまみながら騒がしく笑っている。
「おっ、来たな空也!」
「悪い、遅れた」
「いいって。ほら、これ奢るわ」
大地がトレーを押し出し、チーズバーガーを渡してくる。香ばしい匂いが腹を刺激し、空也は素直に礼を言った。
会話の内容はくだらない。
教師の愚痴、恋愛話、SNSの裏アカ騒動――。
そして、話題が「リア充爆発しろ」的な流れに変わったとき、空也はふと笑った。
昨日までの孤独が、少しだけ遠く感じた。
「なぁ空也」
ポテトをつまみながら、大地がにやりと笑う。
「今日、うち泊まりに来いよ。ギルドバトル、見せてやる」
「おぉ、ギルドバトル!!」
「夜九時から始まるんだ。お前も一緒に見ようぜ」
その言葉に、空也の胸が高鳴る。
昨夜ログアウトしたばかりの世界――。
ギルド同士が激突する戦場が、今夜、現実の向こうで動き出すのだ。
「もちろん行くわ!」
「よっしゃ決まり! 帰ったら準備しとけよ!」
二人は笑い合いながら、紙コップのジュースを掲げた。
空也はハンバーガー屋での昼食を終えると、親に一言伝え、準備を済ませて大地の家へ向かった。
玄関を開けると、大地がPCの前で待っていた。
「お、来たな空也。ギルド、入れたのか?」
「うん、昨日加入した。フローライトってギルドだ」
スマホの画面を見せながら答える。
「そっか、ならまずログインして、マスターに方針聞いた方がいいな」
大地はそう言って、自分のデスクに座り、モニターの前でキーボードを叩き始めた。
空也もスマホでログインしてみる。しかしチャット欄には、そるが“事前配置”として表示されているだけだった。誰もログインしていない。
「なんだこの事前配置って?」
「事前配置か、夜九時に都合が合わないメンバーが、自分のキャラをギルド陣地にセットしておくんだ。オートで戦ってくれるぜ」
大地が説明する。
「なるほど…で、ギルドバトルってどんなかんじなんだ?」
「ギルドバトルは侵略側と防衛側に別れて戦う。防衛側は1時間守り抜けば勝ち。侵略側は【主】を倒せば勝ちになるんだ」
「侵略側の方が有利ってこと?」
「うん。陣地の構造的にも、人数差でも有利なんだよ。だから、防衛側はみんなの協力が不可欠ってわけ」
空也は画面を眺め、思わず小さく息をついた。
仲間と協力して戦う――その重みを感じる。
大地は空也の隣で、自分のPCを操作していた。
画面には、見慣れない広大な街のような光景が映し出される。
「これが……ギルド区画?」
「おう。うちのサーバー、もう結構発展してんだ」
そこには、木造の家々や鍛冶屋、ポーションショップに似た施設まで立ち並んでいた。
中心には大きな石造りの塔がそびえ、ギルドの旗がはためいている。
人々が行き交い、チャットのログが絶えず流れていた。
「うわ、すげぇ……俺のところ、まだ更地みたいなもんだぞ」
「そりゃできてまだ三日目だもんな」
大地は笑いながら言った。
「この辺はもう区画がほとんど埋まってる。新しくギルド作る奴は、空いてる土地探すのも大変だよ」
「そんなに差があるのか……」
空也はその発展ぶりに、思わず息をのんだ。
同じゲームでも、サーバーが違えばここまで世界が違う。
自分のいる場所はまだ“始まりの地”にすぎない。
その現実を突きつけられたような気がした。
しばらくして、大地の母親が作った夕飯を二人で平らげると、疲れた体を休めるために近くの銭湯へ向かった。湯に浸かり、日頃の部活や冒険の疲れを流す。体の芯まで温まり、気持ちはすっかりリフレッシュされていた。
帰宅すると、軽くテレビを見たり、雑談をしたりして過ごす。大地がセットしていたスマホのアラームがなり、時計の針はあと数分で九時を指そうとしていた。
「さぁて、ゲームが始まるぜ!」
大地がデスクに向かい、PCを起動させる。目は輝き、まるで自分が戦場の指揮官であるかのようだ。
空也も息を呑む。
緊張と期待が胸を押し上げる。一応自分もスマホでログインし、ギルド区画に立ち、周囲の状況を見守った。
ーーついに、夜の戦いが始まる。




