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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第十章 Whiteの物語

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第五十一話 現実の盾

 火曜日の夜。

 フローライトのメンバーは、塔の第八階層に挑んでいた。

 闇に包まれた通路の先、歯車のように回転する床。

 踏み外せば即転落、油断の許されない難関だ。


【ココア】「次のスイッチ、私が踏むね!」

【スカイ】「了解!前から来るやつは俺の炎で止める!」

【Gemini】「後衛の方は任せて、風で吹き飛ばす!」

【ハルト】「敵の増援確認、前衛は耐えて!」

【タイガー】「了解ッ、斧構える!」


 盗賊のココアが軽快に動き、無課金高校生コンビのスカイとGeminiが息を合わせる。

 主力のハルトは冷静にバフを回し、タイガーの斧が唸る。

 Whiteを含めた六人のバランスも良く、塔攻略は順調だった。


 だが、その時だった。

 圭吾の手元でスマホが震えた。

 見ると、会社の同僚からの着信。

 夜の十時半。嫌な予感しかしない。


「……はい、白石です」


 電話口から、焦った声が飛び込む。


『白石課長、トラブルです! 納入ライン、止まりました!』


「……わかった。すぐ確認する。詳細はメールで送って」


 通話を終えた圭吾は、短く息を吐いた。


【White】「悪い、会社でトラブルだ。少し抜ける」

【ココア】「了解、リアル優先だよ。こっちは任せて!」

【ハルト】「問題ない、構成的にも十分いける」

【タイガー】「おう、気にすんな課長さん!」

【スカイ】「え、大丈夫なんですか?」

【White】「まぁ、なんとかなる。頼んだぞ」


 Whiteの体をログアウトの光が包み込む。

 彼の盾が消えた瞬間、残されたメンバーの間に一瞬の静寂が流れた。


【Gemini】「今十時半だよ!?大人って、やっぱ大変なんだね…」

【スカイ】「俺ら、ずっと学生でいいかも…」

【ココア】「学生かぁ…もう遠い昔だわ」


 再びモンスターの咆哮が響き、戦闘の音が夜に溶けていく。

 塔の攻略は続く。彼が守ってきた仲間たちの戦いが、止まることはなかった。


 圭吾は準備を始めると、妻が声をかけてきた。


「呼び出し?」


「うん、トラブル対応だ。大したことないと思うけど」


「気をつけてね」


「ああ、ありがとう」


 淡々としたやり取りだが、こうした日常もまた、彼にとっては落ち着きのひとときだった。


 会社に着くと、現場はやはり騒然としていた。

 夜勤メンバーだけでは対応が難しいトラブルだった。

 ラインが止まり、納期が迫る部品の調整も必要。

 圭吾は現場の状況を素早く把握し、指示を出す。


 設計部、製造部、品質管理部――すべてのセクションに連絡を回し、手順を確認しながら対応していく。

 現場の作業員も、圭吾の指示に従い、落ち着いた手つきで作業を再開していく。


 長時間の対応の末、ラインは無事に稼働を再開した。

 圭吾は肩の力を抜き、わずかに息を吐く。

 これで、今日の盾としての役割は果たせた。


 朝日が昇り、昼勤務者が出勤し始めた頃、機械の稼働音が静かに響いていた。


 だが、圭吾の仕事はまだ終わらない。

 トラブル対応を終えた頃には、すでに夜明けが近かった。

 仮眠を取る時間もなく、そのまま通常勤務が始まる。


 机に戻ると、夜の間に届いたメールが山のように積み上がっていた。

 報告書の確認、見積書の修正、午前中には会議。

 休む暇など、どこにもなかった。


「課長、昨日の件、もう一度確認を」


「了解。こっちでまとめておく」


 淡々と、いつも通りに仕事をこなしていく。

 眠気と疲労が重くのしかかるが、顔には出さない。

 それが、彼にとっての責任だった。


 昼休み。

 昼食を食べ終えた圭吾は、デスクに腕を組んで頭を預ける。

 周囲のざわめきが遠のき、まぶたが重くなっていく。

 わずか十五分ほどの仮眠。

 それでも、彼には貴重な回復の時間だった。


 昼を過ぎ、午後には別部署との打ち合わせ。

 夕方には納期調整の電話が続く。

 気づけば、外はもう暗くなっていた。


 残業を終えたのは、夜九時過ぎ。

 蛍光灯の下で書類を閉じ、深く息を吐く。


「……今日も、よく持ったな」


 会社を出ると、夜風が頬に冷たく触れた。

 いつもなら、帰宅後に《サンドボックスウォーズ》を開く。

 塔の続きが気になっていた。仲間たちのチャットも、きっと賑やかだろう。


 だが、今日は違った。


 自宅に着くと、玄関に灯る小さな明かりと、妻の「おかえり」が迎えてくれる。

 その声を聞いた瞬間、全身の力が抜けた。


「ただいま。……今日はもう、寝るよ」


「うん。お疲れさま」


 風呂を済ませ、ベッドに横たわる。

 スマホの通知には、塔攻略の続報がいくつか並んでいたが、圭吾は画面を閉じ、そっと目を閉じた。


 夜の呼び出しから、二十時間近い稼働。

 ゲームも、仲間の声も、今日はもう届かない。


 静かな眠りの中で、彼はようやく――

 その()を下ろした。

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