第四十七話 昨日の友は今日の敵
駅を出ると、夜風が頬を刺した。
玲は肩をすくめながら、足早に家へ向かう。
スマホでもログインはできる。けれど、移動中では集中できない。
フローライトは片手間で勝てる相手じゃない。椿旅団のメンバーは皆、それを充分理解している。
あの世界で本領を発揮するには、モニターの前で、両手が自由でなければならない。
玄関の鍵を回し、靴を脱ぐ間も惜しんで電源を入れた。PCが唸りを上げ、モニターが光を放つ。
数秒後、Rainが、戦場へと転送された。
北西銅区画。
雪原のように白く輝く大地の中央で、《焼肉キングダム》と《フローライト》が激突していた。
フローライト側は、本日不在のタイガーが、誰も攻めてこない北西銀の主として自動配置しているのみで、他はフルメンバーという脅威のイン率をみせる。
爆炎。雷光。崩れゆく防壁。
その中心に、巨大な戦鎚を振るう影があった。
《フローライト》のエース・オニッシュ。
サーバー総合力ランキング4位。
【オニッシュ】「僕がいる限り、誰も通さないよ」
その必殺のハンマーが地を打つたび、焼肉キングダムのメンバーが吹き飛ばされていく。
【ペンギン】「くっそ……一撃が重すぎる!」
【椿】「ちょ、回復!そる、回復!」
【そる】「無理!詠唱間に合わんって!」
らいおんが盾を構え、オニッシュの攻撃を受け止めようとする。
しかし、ハンマーの衝撃で地面が抉れ、盾ごと吹き飛ばされた。
【らいおん】「ぐっ……クソ、やっぱつえぇな!」
戦況は、明らかにフローライトが優勢。
その瞬間、氷の粒が空から降り始めた。
【Rain】「フロスト・ジェイル!」
冷気が広がり、戦場の空気が凍てつく。
オニッシュの動きが止まった。
鎖のように絡みつく氷の結晶が、巨体を包み込む。
【ペンギン】「Rainさん来たッ!!」
【椿】「ナイスタイミングだ、今日だけは主人公の座を譲ろう!」
上級水魔法使いのRain。
その到着は、まるで冬の嵐の訪れだった。
【らいおん】「ナイス凍結! 一気に畳みかけ――」
しかし、その声をかき消すように、炎が爆ぜた。
【スカイ】「バーン・エンチャント!」
フローライトの魔法使い・スカイが杖を掲げる。
紅蓮の魔力がオニッシュを包み、凍結を焼き払った。
【オニッシュ】「スカイ君、ありがとう!」
砕け散る氷片。再び動き出す巨躯。スカイの動きはこれだけで終わらない。
【スカイ】「Gemini、アレ行こう!」
【Gemini】「オッケー相棒!」
風魔法使いのGeminiが、スカイと連携魔法を放つ。
【Gemini】【スカイ】「ブレイズ・テンペスト!」
攻撃を受けながらも、彼らを知る2人は感心する。
【そる】「くそ、やるじゃねーか2人とも!!」
【椿】「スカイとGemini、成長してるじゃない!!」
オニッシュが雄叫びを上げ、再び戦鎚を振りかぶる。玲の手が、マウスを強く握りしめた。
ここからが本当の勝負だ。
オニッシュの雄叫びが轟く中、戦場の一角で閃光が走った。
機動力のある槍使い、ハルトが地を蹴ったのだ。
その突進は疾風のごとく、らいおんの懐を一瞬で詰める。
両者、元ダークキング。だが、お互い面識はない。
火花が散るように槍と剣が交錯した。
【らいおん】「甘い!」
【ハルト】「どうかなッ!」
連撃をかわしながら、ハルトは後方へ跳んだ。そこへ、影が差す。
《フローライト》のギルドマスター、ココア。
その手には光速で閃く二本のナイフ。
【ココア】「援護するね、ハルト」
【らいおん】「チッ、来やがったか!」
次の瞬間、ナイフが四方から飛来した。
反応しきれない。
ココアの神速の手捌きが、らいおんの防御を切り裂く。そこへ、ハルトの槍が稲妻のように突き抜けた。
【ハルト】「貫け!スパイラル・ドライブ!!」
剣が砕け、盾が弾け飛ぶ。
らいおんの身体が宙を舞い、雪原へ叩きつけられた。
【システム】《らいおん 撃破》
【らいおん】「ちくしょー…みんな、後は任せた」
戦況が、さらにフローライト優勢へと傾く。
別の戦場では、椿が剣士ゆずと激しく剣を交えていた。華奢な体から放たれる、愛刀・魂穿の鋭い斬撃。その一太刀一太刀が、椿の髪を掠める。
【ゆず】「ここだ…一文字!」
【椿】「見切っている!」
剣が火花を散らし、両者が同時に跳ぶ。
一瞬の沈黙、そしてゆずが膝をついた。
【システム】《ゆず 撃破》
息を整える暇もなく、巨大な影が立ちはだかった。
全身を重装鎧で覆い、大槍と大盾を携えた男。
【White】「さて、リベンジといかせてもらおうか」
【椿】「私の連勝記録は止まらない」
盾が地を叩き、砂雪が舞う。
再戦の火蓋が切って落とされた。
一方その頃、Rainの前に立ちふさがったのは、二人の魔導士。
炎のスカイ。
風のGemini。
かつて、Rainがたった一撃でまとめ撃破した二人。
だが今、その目には怯えではなく、決意が宿っていた。
【スカイ】「もうあの時の俺たちじゃねぇ」
【Gemini】「練習してきた風と火の連携、見せてやる!」
Rainは息を整え、静かに呟いた。
【Rain】「……そう。なら、見せてもらおうか。成長の証を」
氷、炎、風。三つの属性が交錯し、戦場が爆ぜる。
戦場の北端。
氷と炎が入り乱れる混沌の中で、《焼肉キングダム》の残党たちは必死に抗っていた。
だがその中心で暴れ回る巨影・オニッシュ。
そして、その背後から援護射撃を繰り出す弓使い、むー。
この二人の連携は、もはや暴力そのものだった。
【むー】「オニッシュさん、右から二人!後ろは射抜きます!」
【オニッシュ】「了解ッ!」
矢が放たれるたび、空気が唸る。
オニッシュが地を叩き割り、吹き飛ばされた仲間の頭上に、むーの矢が正確に突き刺さる。
誰も近づけない。誰も止められない。
【ペンギン】「……チッ、こりゃマズいぞ」
前線で立ち尽くすペンギンの目に、仲間のネームプレートが次々と灰色に変わっていくのが映る。
【システム】《みぃ子 撃破》
【システム】《料理長 撃破》
【システム】《REBORN 撃破》
【ペンギン】「ふざけんなよ、このまま終わるかってんだ!」
血のような夕日が雪原を照らす。
ペンギンは盾を捨て、槍を逆手に構えた。
狙うは巨人ではない。
その巨人を支える影…弓使いむー。
【ペンギン】「せめて、あのアーチャーだけでも……!」
足元の氷を蹴り砕き、一直線に突進する。
矢が飛ぶ。頬をかすめる。それでも止まらない。
【むー】「これは厄介な相手ですね…」
叫びと同時に、ペンギンの槍が、一直線にむーへと迫る。
【システム】《むー 撃破》
【ペンギン】「……やった、のか!?」
【オニッシュ】「ダーク・インパクト」
【システム】《ペンギン 撃破》
【ペンギン】「は!? へ!!?」
迫っていたオニッシュの容赦ない一撃は、ペンギンのHPを一瞬にしてゼロにした。




