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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第九章 Rainの物語

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47/90

第四十六話 会社の飲み

 土曜日、朝七時。

 出勤前の玲は、いつものようにコーヒーを片手にノートパソコンを開いていた。

 画面には、オンラインゲーム《サンドボックスウォーズ》。その32サーバーの勢力マップが表示されている。

 週に一度のギルドバトルの日。そして、三十分後には、今夜の戦いを決める戦線布告が始まる。


 玲はマップ上を指でなぞるように見つめる。


 《ダークキング》との激戦の果てに、中央金と南銀は《王国騎士団》が支配。

 北東銀にはサーバー総合力2位の実力者が束ねる、《サンドウォール》。

 北西銀は《フローライト》。

 そして、かつてサーバー最強を誇った《ダークキング》は、まさかの拠点なし。


 一時代を築いたあのギルドの旗は、どの区画にも存在しない。

 玲は画面越しに、小さく息をついた。

 数多の上位陣に続きまろんも抜け、崩壊に向かう彼らだが、どこかでまた再集結してくるような…そんな気配だけは消えていなかった。


 上位勢が金・銀区画で激戦を繰り広げていた隙に、《キリキリバッタ》が南西銅を確保。

 これで南東に続き、銅区画二つ目。ついに銀区画への挑戦権を手にした。


 一方、東側では、《サンドウォール》が北東銀にて、黒王との戦いに集中していた間に、《ウィンドクローバー》がその下層の拠点を奪取。そして、北東銅も《焼肉キングダム》が戦力の分散していた《フローライト》から奪取。

 しかし北西銅では、《フローライト》が新興ギルド《ブラッドハウンド》をその状況下でも防ぎ切った。


 さらに西銅は、《ブルーアーチ》が《スパイラル》から守り抜き、静かにその存在感を保っている。

 玲は思わず呟く。


「……ブルーアーチも、まだ頑張ってるんだ」


 モニターの右下では、ギルドメンバーのチャットが点滅していた。半からの布告先について考えているようだ。


  画面の中では、各ギルドのエンブレムがゆっくりと瞬いていた。七時半から始まる戦線布告。


 玲はチャット欄を見ながら、マップを再び眺めた。

 《フローライト》がもし金区画への布告に成功すれば、当然ながら北西銅の防衛は手薄になる。

 焼肉キングダムとしては、そこを突く絶好の好機だった。


 ギルメン達の声がチャットに流れる。


【ペンギン】「フローライトが金に行くなら今しかない」

【そる】「でも、フローライトが布告失敗したら、こっちの布告意味なくね?」


 そして七時半。

 全サーバーが一斉に更新されるその瞬間、マップが光に包まれる。

 玲の視線が固まった。


 金区画への布告成功したのは、《サンドウォール》だった。結果として、《フローライト》は他の布告先を確保できず、攻め手を失う。

 さらに、《フローライト》の持つ北西銀は誰も布告しなかった。


【らいおん】「…なるほど。じゃあ、こっちは真正面から行くしかないか」


 マップ上では、焼肉キングダムとフローライトの名前が、北西銅で交差していた。正真正銘、正面衝突。


 一方、南銀では《キリキリバッタ》が《王国騎士団》へ布告。

 これにより、騎士団は《サンドウォール》と《キリキリバッタ》の両面を同時に叩かなければならない。

 戦線は、完全に混迷していた。


 玲はカップのコーヒーを飲み干し、息をついた。


「フローライトか…今夜は、面白くなりそうだ」


 出勤のため、玲はノートパソコンを閉じた。

 コーヒーの残り香が漂う部屋を後にして、いつもの時間に家を出る。


 昼。

 玲はベルトコンベアの前に立ち、流れてくるお菓子をひたすら箱へ詰めていた。

 単調な動作。鳴り響く機械音。

 隣の同僚が「もう土曜かぁ」と呟く。玲は曖昧に笑うだけだ。


 仕事が終わる少し前、班長が声を上げた。


「今日さ、久しぶりにみんなで行かね? 駅前の焼き鳥屋、新しくできたとこ」


 周囲がざわつく。


「いいですねー!」


「雨宮さんも来るでしょ?」


 玲は一瞬、手を止めた。

 いや、今夜はギルド戦がある。帰らないと。

 そう言いかけた言葉が、喉の奥で消える。


「……あ、はい。少しだけなら」


 気づけば、そう答えていた。

 断る勇気が出なかった。


 仕事終わり、作業服のまま駅前の焼き鳥屋へ向かう。

 狭い店内に、油と煙の匂いが満ちていた。

 テーブルには、串とジョッキが並ぶ。


「雨宮さん、全然飲んでないじゃん」


「いえ、私あまり強くないので……」


 笑い声。油の弾ける音。

 玲はグラスを両手で握りしめ、曖昧に笑う。

 誰かが話すたびに相槌を打ち、会話の輪の中に“いるふり”をする。


 時計の針は、八時半を指していた。

 胸の奥がざわつく、そろそろ集合の時間だ。

 玲はスマホを見つめ、息を呑んだ。

 店の喧騒の中で、仲間たちの声が遠く感じられる。


「……すみません、私、ちょっと用事があって」


 ようやく絞り出した声に、班長が顔を上げた。


「お、どうした? 大丈夫か?」


「はい、少しだけ……すみません、先に失礼します」


「おぅ、気をつけてなー」


「また今度ゆっくり飲もうよ、雨宮さん」


 玲は軽く頭を下げ、暖簾をくぐった。

 外は夜風が冷たかった。

 スマホの画面には、仲間たちの名が並んでいる。


 そして彼女は、早足で駅へ向かった。

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