第四十五話 焼肉キングダム
昼の仕事を終え、玲は疲れた体を引きずるように帰宅した。
家に着くと、軽くシャワーを浴び、着替えを済ませる。夜はオンラインのもうひとつの世界に身を投じる時間だ。
机に向かい、ノートパソコンを開く。
先ほどの昼休みのLINでのやり取りを思い出す。椿はすでに焼肉キングダムのギルマスにコンタクトを取ってくれているらしい。
「夜になったらINして。そるも準備できてる」
玲は深呼吸をひとつして、ヘッドセットをつけた。
ゲームを起動し、ログイン画面にパスワードを打ち込む。
「……よし」
画面が切り替わり、サーバー内に自分のキャラクター、魔導士Rainが姿を現した。
画面右端のチャット欄には、焼肉キングダムのギルマスから招待メッセージが表示されている。
【らいおん】「Rainさん、歓迎します!まずは自己紹介からお願いしますね」
玲は軽く微笑み、チャットに打ち込む。
【Rain】「初めまして。魔導士Rainです。よろしくお願いします」
すぐに、椿とそるもチャットに登場する。
画面上に三人の名前が並ぶと、少し心強く感じる。
【椿】「遅刻よ、Rain。腕立て100万回」
【そる】「椿旅団はブラック企業か!」
ギルドメンバーたちからもツッコミや温かいスタンプや歓迎のメッセージが次々と届く。
Rainが自己紹介を終えると、ギルドチャットが一気にざわめいた。
スタンプや拍手エモートが次々に流れる中、ペンギンがふと思い出したように声を上げる。
【ペンギン】「そいえば、らいおんさんと椿さん達って、元々ダークキングっすよね?」
一瞬、ボイスチャットが静まり返る。
らいおんが「ん?」と笑いながら首を傾げるような声を出す。
【らいおん】「え、そうだっけ?」
【椿】「そうだったかもねぇ。あの頃は半分野良だったし」
玲は苦笑しながら、その懐かしい名を思い出して口を開いた。
【Rain】「……ダークキングか。あそこは、黒王さんやカノンさんの指揮と、まろんさんの嫌味しかなかったからね。同じギルドでも、交流がない人は多かったよ」
少し間があいて、そるがため息まじりに言った。
【そる】「うわぁ……なんか、それ聞くだけで雰囲気やだな。俺がいたのはフローライトだったけど、あそこは逆に平和すぎて、みんなで日付変わるまで雑談してたよ」
【ペンギン】「それはウチもあるあるっすw」
こうして、魔導士Rainは新しいギルド《焼肉キングダム》での第一歩を踏み出した。
昼の静けさと、夜の熱気が交差する中、彼女の新しい日常がまたひとつ動き出すのだった。
焼肉キングダムの拠点《炙りの間》に、次々とメンバーがログインしてきた。
ここは大区画ではなく、通常区画の一つ。よっぽどの事がない限り、奪われることは少ない。
Rainは、ギルドチャットに少し緊張していたが、すぐにその空気に飲み込まれていく。
【らいおん】「よーし!今日は新人歓迎も兼ねて、塔行くぞ!」
【ペンギン】「またあの塔っすか……昨日48階で全滅したやつ」
【みぃ子】「でも報酬うまいからね〜。ペンギン、文句言わない〜」
【REBORN】「Rainさん、初参加ですよね? 一階ごとに敵出るけど、慣れれば楽しいっすよ」
【料理長】「報酬は焼肉券的なアイテム出ると信じてる。今日こそ!」
画面の中央に《昇塔ダンジョン:試練の塔》のゲートが光り輝く。
玲のキャラクターRainは杖を構え、仲間たちと共にその光の中へと進んだ。
第一階層。
出現したのは、光るスライムの群れ。
Rainが詠唱を始めると、青白い魔法陣が足元に展開され、雷撃が敵を貫く。
【らいおん】「ナイス! 範囲魔法きれいだなぁ」
【みぃ子】「え、ダメージエグ!」
【ペンギン】「これが……椿旅団のRainさんの本気……!」
【そる】「しかし前のギルド《ブルーアーチ》は静かだったけど……ここはフローライトとかキリキリバッタ並みに賑やかだな」
【みぃ子】「うるさいけど楽しいでしょ(笑)それが焼肉キングダム」
その後も、階層を登るごとに敵が強くなり、メンバーの笑い声と悲鳴が入り交じる。
【REBORN】「四階、ボスは死人騎士! ペンギン、後衛の後ろ下がって!」
【ペンギン】「了解っす! Rainさん、氷で固めて!」
【Rain】「アイス・ストーム!」
氷嵐が広がり、敵の動きを止めた瞬間、らいおんと椿が一気に突撃。
ギルドの連携は驚くほどスムーズだった。
【料理長】「……よし、クリア報酬は……焼肉のたれ(極)!?」
【みぃ子】「なにそれ!? 食べ物アイテム!?」
【料理長】「説明文に“使うと一定時間攻撃力が10%アップし、空腹も満たされる”って書いてある!」
【らいおん】「最高かよ、それ! まさに焼肉キングダムの名に恥じない!」
【料理長】「あ、でもギルドバトルでは無効だって」
笑いと歓声がボイスチャットを満たす。
玲はそんな空気の中で、ふとモニター越しに微笑んだ。
塔の光が次の階層への扉を照らす。
その光の中で、玲の夜は、確かに輝き始めていた。




