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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第九章 Rainの物語

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第四十四話 夢の仕事

 日曜日、午後十時。

 星3レイドをクリアした《ブルーアーチ》の静かなギルドルームに、椿、そる、Rainの三人が立っていた。


 三人はギルドを抜け、無所属になった。次のギルドに加入するには、脱退後24時間の待機が必要だ。

 その間、三人は外部チャットツール・ディスコで作戦会議を行う。


【椿】「さて……次の行き先(ギルド)はどこにする?」

【そる】「ブルーアーチは静かすぎたからなぁ、賑やかなところ希望」

【Rain】「私はまだ行っていないギルドならどこでも」


 ディスコ越しに、スタンプと短いテキストが飛び交う。声は聞こえなくても、意思は確かに繋がっていた。


 話し合いが一段落すると、次の目的地が決まる。

 三人の目は、サーバー内でも少し変わった、個性的なギルド、《焼肉キングダム》へ向けられた。


 翌日、月曜日の朝。

 雨宮あまみやれいは、カーテンの隙間から差し込む光に顔をしかめた。


 休日の夜更かしがたたって、寝不足気味の頭を抱える。

 テーブルの上には、冷めたコーヒーと、開きっぱなしのノートパソコン。

 画面には、昨夜までの《ディスコ》のチャットログがそのまま残っていた。


 椿は高校からの友人で、少し変わり者だが、今でも数少ないリアルで気を許せる存在だ。

 その椿に誘われ、ゲームを始めたのがきっかけだった。

 オンラインの中では魔導士Rainとして、強者と呼べる位置に立っているが、現実の彼女は、どちらかといえば静かで控えめなタイプだった。

 ちなみに、Rainというハンネは彼女の苗字から来ている。


「……焼肉キングダム、ね」


 昨夜のログを見返しながら、玲は苦笑する。

 名前のインパクトに反して、戦略的で連携力が高いと評判のギルドだ。

 旅団としての三人、椿、そる、そして自分が、どんな化学反応を起こすか。

 考えるだけで少し胸が高鳴る。


 キッチンに立ち、簡単な朝食を作る。

 オムレツを焼く手を止めて、ふとスマホに目をやると、椿からLINというアプリのメッセージが届いていた。


「おはよ、玲。夜になったらまた話そう。そるが早速、焼肉キングダムのギルマスに声かけてくれたみたい」


 メッセージを見て、玲は口元を緩めた。

 こういう時の椿は、いつもリーダー気質だ。

 そして、そるは何かと行動が早い。


 この3人なら、どんなギルドでもやっていける。


 そう思いながら、玲は湯気の立つコーヒーをひと口すすった。


 時計を見ると、もう出勤の時間が近い。


 支度を済ませ、静かな街を抜けて職場へ向かう。

 勤務先は食品加工工場。

 子どもの頃、お菓子屋さんになりたかった彼女にとって、ある意味、夢の延長のような場所だった。


 お菓子を作る仕事。


 それは確かに、夢見ていたものと同じはずだった。

 けれど実際には、ベルトコンベアの上を流れていく大量生産の焼き菓子をチェックし、箱に詰める日々。

 甘い香りに包まれながらも、そこに手作りの温もりはほとんどなかった。


 それでも、仕事を嫌いだと思ったことはない。

 淡々とした流れ作業の中にも、自分の役割がある。

 けれど時折、ゲームの中で仲間と過ごす時間のほうが生きている気がするのも事実だった。


 作業着の袖をまくりながら、雨宮はふと微笑んだ。

 現実も、ゲームも、どちらの世界でも自分なりに前へ進んでいる。


 昼休み。

 工場の食堂は、ざわざわとした話し声と、電子レンジの作動音に包まれていた。


 玲は、隅の方のテーブルに一人腰を下ろし、持参した弁当のふたを静かに開ける。

 卵焼き、冷凍の唐揚げ、ブロッコリー。彩りは地味だが、手早く詰めたその中には、きちんとした生活のリズムがにじんでいた。


 同僚たちはグループで談笑している。


「なあ、昨日のヤケ酒45のライブ、見た?」

「見た見た!あのセンターの篝火琉韻(かがりびるいん)、めっちゃ可愛かったよな!」

「マジで。顔小さいし、笑顔やばいし、最強のアイドルだわ」

「しかも歌も上手いし、ダンスも完璧。次の握手会行きたいわー」


 玲はそんな輪の外にいることを、寂しいとは感じていなかった。むしろこの静けさが、心地いい。


 ポケットからスマホを取り出し、そっと画面を開く。椿からLINが届いていた。


「お昼? そるが焼肉キングダムのメンバー表見つけてきた! けっこう個性強そう」


「ほんと? 夜、見せて」


「了解! 玲、相変わらずお昼ぼっち飯してるでしょ?」


「うるさい笑」


 小さく笑みがこぼれる。

 現実では離れた場所にいても、椿の言葉は昔と変わらず、まっすぐで、温かい。


 工場の片隅で、彼女はひとり弁当を口に運びながら、ふと思う。

 子供の頃、夢見ていたお菓子屋さんは、笑顔に囲まれた華やかな場所だった。

 けれど今、自分がいるのは、機械の音が響くライン工場。


 ベルトコンベアの上を流れていく、チョコレートやクッキー。

 確かに“お菓子”を作ってはいる。

 けれどそこに、あの日描いた夢のような甘い香りはない。


「……まぁ、いいか」


 誰に聞かせるでもなく、呟いて、またひと口食べた。

 現実は味気ないけれど、夜になればもうひとつの世界が待っている。

 そこでは、彼女はRainとして、仲間と肩を並べて戦える。


 昼の静けさと、夜の熱が交わる場所に、雨宮玲という人間は確かに生きていた。


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