第四十三話 牙城陥落
夜、九時前。
《サンドウォール》のギルドチャットは、緊張と高揚に包まれていた。
【すなっち】「よし、作戦最終確認。ダークキングは金区画を守りきれないと見て、南銀に全戦力を回すはずだ。北東事前防衛に黒王がいるという事は、今夜は不在ということ。コレは大きい」
モニター越しの仲間たちが頷くスタンプを次々と送る。すなっちは続けた。
【すなっち】「金はおとり。王国騎士団はおそらく一人で十分だ。俺たちは北東の銀区画を落とす。黒王の自動防衛は想定内。各班、開始五分前に配置完了、合図で突入!」
その予測は的中した。
ダークキングは不利な防衛戦となる金区画を捨て、主力カノン、まろん、ペインの三名が南銀区画へと向かった。
金区画には捨て駒の主が一人。
さらに北東銀には、黒王の不在のために設定された自動防衛の黒王。
《フローライト》が攻め込んだ北西銀にも、形だけの防衛役が一人。
そして、開戦の刻。
王国騎士団は展開を完全に読み切っていた。
金区画に単身赴いたガラハッドが、瞬く間に捨て駒を斬り払い、制圧。
残る主力は南銀区画で息の合った連携を見せ、ダークキング本隊を圧倒する。
一方そのころ、北東銀。
すなっち率いるサンドウォールが、黒王の自動防衛AIを撃破。
見事、北東銀大区画の制圧に成功した。
【すなっち】「……次は、本人を倒す」
画面の向こう、夜のモニターに映るログを見つめながら、すなっちは静かに呟いた。
その言葉通り、彼はいつか“プレイヤー本人の黒王”を打ち破ることを誓う。
こうして、戦いの夜が明けたとき…
かつて栄華を誇った《ダークキング》は、まさかの拠点ゼロとなっていた。
サンドウォールが北東銀大区画を制圧した翌日。
拠点をすべて失った《ダークキング》に、大きな動きが走った。
サーバー総合力ランキング5位、ギルドの主力だったまろんが、突然脱退したのだ。
その知らせは瞬く間に広まり、全チャットがざわめいた。
【まろん】「弱くなったダークキングに用はねぇ!誰か俺が入ってやるぞ!早い者勝ちだ!」
……しかし、誰も反応しなかった。
どのギルドからも勧誘の声は上がらず、チャット欄は静まり返る。
【まろん】「おいおい、どうしたよ?サンドウォールでもフローライトでも歓迎しろよ!」
空気を読まない叫びが続く。
そのとき、堪忍袋の緒が切れたプレイヤーが現れた。
【たっちゃんパパ】「おまえみたいな奴は、みんなお断りだってよ」
【琉韻love】「色んなところに喧嘩売っといて、どのツラ下げて歓迎しろよとか言ってんの?w」
【マルメン】「おい中坊、反省してから出直せや」
怒涛のツッコミが全チャを埋め尽くす。
かつてまろんと揉め、ギルドを抜けた面々の怒りが、ここぞとばかりに爆発した。
【まろん】「はぁ!?中坊って誰のことだよ!」
【たっちゃんパパ】「おまえのことだよw 自分で言ってたじゃん。“俺は大企業の社長の息子”って。中学生のくせに偉そうにしすぎなんだよ」
その瞬間、全チャが一斉に笑いに包まれた。元ダークキングでまろんと揉めて独立した、《焼肉キングダム》のギルマス、らいおんも加わる。
【らいおん】「うわ、やっぱり坊ちゃんだったのかw」
【マルメン】「甘やかされてんだなw そりゃゲームでも王様気分になるわ」
【ぺんぎん】「友達いなそうw」
【まろん】「仕方ねぇな、ダークキング戻ってお前ら皆殺すわ」
【カノン】「悪いが、もうお前はいらない」
まろんの発言が止まる。
数秒後、最後に「死ね死ね死ねえええ!」という意味不明な叫びを残し、ログアウト。
その後、彼がサーバーに姿を見せることは二度となかった。
こうして、かつて上位に君臨した《ダークキング》は、主力を失った。
しかし、彼がいなくなった事で、ダークキングは少し居心地のいいギルドになっていた…
一方、サンドウォールのギルドルームでは。
【すなっち】「よし……来週はいよいよ金区画か」
チャットには仲間たちの返信が次々と流れる。
《王国騎士団》。サーバー最強の正統派ギルドとの決戦。その名を聞いただけで、緊張と高揚が画面越しに伝わる。
【ジャコウ】「マジか……正直、少しビビってます」
【ぽよぽよ】「うわぁ、ヒーラーとしては不安しかない……」
【カメール】「でも、作戦通りに動けば絶対勝てるっすよね、マスター」
【G2】「よーし、俺は突撃準備万端!ダメなら死んで覚悟見せます!」
【飛車】「DPS組はしっかりバースト合わせる。焦らず、冷静に」
仲間たちの個性が画面越しに飛び交う中、すなっちはマウスを握り直した。
【すなっち】「まずは布告合戦だ。フローライトより早押しできるか勝負だな」
【みかん】「あー、いまから緊張しますぅ〜」
【ジャコウ】「お、おとり作戦とか考えなくていいんですよね?」
【ぽよぽよ】「わたし、回復ライン絶対守ります!前衛が壊滅する前に!」
【カメール】「布告で押されるわけにはいかないっす。皆、集中だ」
【G2】「俺、クリックで全力出す!でもMPは残しておく!」
【飛車】「作戦を守れば、必ず押し切れる。慌てるな、皆」
冗談と真剣が入り混じるチャット欄に、笑いと闘志が同時に弾ける。
すなっちは軽く口元を緩め、画面の仲間たちを見渡した。
【すなっち】「次も、勝つぞ」
仲間たちがスタンプと共に応え、チャット欄は熱気で満たされる。
午前の部屋に、カチリとクリック音が響いた。
ーーー 第八章 すなっちの物語 完 ーーー




