第四十一話 星5レイド・アトラス
日曜日の夜。
いつものように、サンドウォールのギルドチャットがにぎわいを見せていた。
レイドボス出現まで、残り十五分。
【すなっち】「さて、今夜はどうする? 星4で安定狙うか、星5に挑戦してみるか」
その問いかけに、メンバーたちの反応が一斉に飛んだ。
【ジャコウ】「星5はキツくないですか?」
【カメール】「でも星4ばかりじゃ、素材が集まらないっす。装備差も埋まらないし」
【G2】「挑戦あるのみっしょ! 倒せなくても、立ち回りの練習にはなるし!」
【ぽよぽよ】「……星5って、前衛が2発で沈むやつですよね?(震え)」
【みかん】「わたし、後衛支援任せて!バフ切らさないようにする!」
【飛車】「DPSトップ、今日も某がもらう」
軽い笑いが起こる中、すなっちはコーヒーを置いて、マイクをオンにした。
【すなっち】「まあ、たしかに星5は痛い。でもな、“痛い”を知ってる奴が、一番強くなる」
一瞬、静まり返るボイスチャット。
すなっちは続ける。
【すなっち】「失敗してもいい。倒せなくてもいい。戦いながら、どうすれば勝てるかを考える。それがサンドウォールだ」
【カメール】「……いいこと言う」
【ジャコウ】「やっぱ中二マスターじゃなくて、熱血マスターっすね」
【G2】「よーし、死ぬ気で突っ込みます!」
【ぽよぽよ】「いや、死なないで!? ヒーラーの気持ちも考えて!」
笑い声が広がり、緊張が少しずつほぐれていく。
【すなっち】「前衛、ジャコウとG2は交代でヘイト管理。ヒールはぽよぽよが優先して受け持ち。みかん、全体バフを90秒サイクルで回して。飛車、DPSのピークは第二フェーズ。焦らず温存な」
【飛車】「了解。すなっち氏の号令で撃つ」
【ぽよぽよ】「わたしの詠唱タイミング、前より1秒遅いから合わせてね!」
【G2】「OK、俺、アトラスに顔覚えられるくらい突っ込むわ!」
【ジャコウ】「無茶すんなよ!」
レイド開始。
巨体のアトラスが現れ、地面が揺れた。
最初の一撃で前衛のHPバーが半分吹き飛ぶ。
【ぽよぽよ】「早い早い早いっ!!回復待って!!」
【G2】「まだ立ってる!行くぞっ!!」
【すなっち】「G2、耐えろ! カメール、後衛の射線確保!みかん、バフ延長!!」
【みかん】「了解っ!“聖域の歌”展開します!」
淡い光がパーティ全体を包む。
防御バフが重なり、前衛が持ちこたえた。
【ジャコウ】「今だ、左脚コア狙え! 崩れたら一気に畳みかけろ!」
【飛車】「バースト合わせ!3、2、1……食らうが良い!」
無数の光線が走り、アトラスの脚が砕け散る。
巨体が揺らぎ、地響きが轟く。
【すなっち】「ナイス!フェーズ移行だ、全員MPリセット確認! ぽよぽよ、次の全体攻撃は25秒後、バリア先貼り!」
【ぽよぽよ】「任せて!」
【カメール】「右腕チャージしてます!範囲くる!」
【すなっち】「散開!G2は南、ジャコウ北! 後衛は中央キープ!」
すなっちの指示に全員が即応する。さらに僧侶のすなっちは全力で全体防御バフを発動する。
【すなっち】「サンクチュアリ!!」
カウントゼロ、アトラスの拳が炸裂!だが、バフのおかげもあり、誰一人倒れなかった。
【みかん】「耐えた……!全員生存!」
【G2】「マジか!すなっちの指示も動きも完璧だったな!」
【すなっち】「オールヒール!さぁ、行くぞ!!」
【ジャコウ】「よっしゃ、反撃だ!」
全員のスキルが一斉に閃き、コンボが繋がる。
ボスのHPバーが一気に削られていく。
【飛車】「あと10%!!」
【ぽよぽよ】「回復入れてる!全力でいって!」
【すなっち】「全員、最後のバースト合わせ!行け、サンドウォール!!」
光の奔流がアトラスを包み込み、
爆音と共にその巨体が崩れ落ちた。
画面に表示される文字――「討伐成功」。
【みかん】「やったあああああ!!!」
【G2】「初星5クリアっすよ!マジで!」
【カメール】「このギルド、やっぱ本物だな」
【ぽよぽよ】「回復足りた……泣きそう……」
【ジャコウ】「すなっち、今日の指揮マジで神だった」
【すなっち】「いや、全員が完璧に動いたからだ。――これが、サンドウォールだ」
その声に、誰もが静かにうなずく。
課金でも、装備でも、運でもない。
“仲間と戦略で勝ち取った勝利”が、今ここにある。
コーヒーの香りが、冷めかけた夜の空気に溶けていく。
画面の向こうで砂畑は小さく笑った。
「強いチームってのはな……強い奴が集まるんじゃない。信じ合える奴が集まることを言うんだよ」
翌朝。
まだ陽の昇りきらない街を、砂畑はコーヒー片手に歩いていた。
目の下には少しだけクマ。昨夜、ログアウトしたのは午前一時過ぎだった。
だが、不思議と足取りは軽い。
満員電車の人波の中でも、胸の奥に小さな熱が残っていた。
あの瞬間。
全員の動きが噛み合い、巨大なアトラスが崩れ落ちた時。声を揃えて喜んだあの一体感。
仕事では決して味わえない“達成感”が、確かにそこにあった。
会社の自動ドアをくぐり、ネームプレートを胸につける。
モニターの電源を入れる音が、昨夜の戦闘の残響と重なった気がした。
同僚に「おはようございます」と挨拶しながら、
砂畑は心の中で小さく笑った。
「今日も行くか、現実のレイドへ」
その顔には、社会人としての穏やかさと、
《サンドウォール》のギルドマスターとしての静かな誇りが、確かに共存していた。




