第四十話 当たりサーバーだよ
この日、32サーバーの大区画に、かつてない激動が走った。
サーバー新設当初から環境を知り尽くした転生者たちが集う強豪ギルド《ダークキング》は、長らく金・銀の大区画を独占し続けてきた。しかし、その牙城がついに崩れる。
王国騎士団が真っ向勝負で《ダークキング》を撃破。初めて銀区画のひとつが奪取されたのだ。この一戦は、サーバーの勢力図を大きく塗り替える転換点となった。
勢いに乗る《フローライト》は、布告合戦を制して北西銅を確保。さらに北東へと攻め込んだ《焼肉キングダム》を返り討ちにし、念願の「銀区画挑戦権」を手にする。
一方、《サンドウォール》も動く。
ガラ空きだった南西銅を大人数で制圧する傍ら、わずか数名、すなっちと数人のサポーターだけで《ウィンドクローバー》を撃破するという離れ業を見せた。
南東では、《キリキリバッタ》が再び存在感を取り戻しつつある。トップユーザーは依然不在ながら、《元エターナル》のリオンとノイス、さらに《元ダークキング》のたっちゃんパパや流韻loveらが加入し、侮れぬ布陣を整えつつある。
そして東。《焼肉キングダム》は《フローライト》戦での消耗が響き、《ブルーアーチ》に敗北を喫した。
サンドウォールのギルドマスター、すなっちこと砂畑は、深夜のモニターを前に腕を組んでいた。
画面には次週の《サンドボックスウォーズ》大区画マップ。光るエリアを指でなぞりながら、彼は小さく呟く。
【すなっち】「狙うは……北東銀だな」
おそらく《フローライト》は北西銀に進軍。
《王国騎士団》は中央金を狙うはずだ。
視線を画面中央に移し、彼は口角をわずかに上げた。
【すなっち】「ダークキング、ついに陥落かもな」
その一言がギルドチャットに火をつけた。
【ジャコウ】「マジか、一強時代の終わりってこと?」
【カメール】「ずっとハズレサーバーだと思ってたのに、まさかこんな展開になるとは…」
【G2】「どこも拮抗してきたね。やっと面白くなってきた!」
チャット欄が賑わう中、すなっちは軽く笑った。
【すなっち】「……いや、これは当たりサーバーだよ」
一瞬、空気が止まる。
【カメール】「え?どういうこと?」
【すなっち】「この手のゲームで、2ヶ月足らずで勢力の均衡が取れるなんて、奇跡みたいなもんさ。ひどいところは年単位で同じギルドが独占し続ける。課金者が強くなるのは当然だし、努力も金もかけてるんだから、その分有利に進める権利がある」
【ジャコウ】「……なるほど。でも、すなっちさんはそんなに課金してんのに、何故最強ギルドに入ろうと思わないんですか?」
少しの沈黙。モニターの光が、砂畑の表情を淡く照らす。
【すなっち】「長い物に巻かれないって、カッコいいじゃん?」
その一言に、ギルメン達が一斉に吹き出す。
【G2】「出たよ、中二マスターの名言(笑)」
【カメール】「でも、確かにそれが《サンドウォール》って感じするわ!」
笑い声が飛び交い、チャットは再び活気づいた。
【G2】「でも、ハズレじゃなくても過疎サーバーっすよね?戦いに参加してないハコニワ勢含めても、初期の3割も残ってるかどうか…」
軽い冗談のつもりだったが、チャットの流れが少し止まる。
すなっちはモニター越しにコーヒーを啜りながら、ゆるく返した。
【すなっち】「どんなゲームでも、2ヶ月後に残ってるのは1割ちょいだよ」
【ジャコウ】「え、そんなもんなんすか?」
【すなっち】「そんなもんさ。先月のおじサムライさんの件や、《ダークキング》の失礼な発言、全チャでの喧嘩で抜けた人が多かっただけ。過疎に感じるのは当然だよ」
彼は少し間を置き、マウスを動かしてマップを拡大する。
銅、銀、金の大区画が並ぶその画面を見ながら、静かに続けた。
【すなっち】「実際はどこも似たようなもん。最初は賑やかでも、2週間で半分消え、1ヶ月でさらに半分。残るのは日課を楽しむやつと仲間のいるやつだけ」
【カメール】「……なんかリアルですね」
【すなっち】「勝ち負けだけ追ってると燃え尽きる。でも、ギルチャでくだらない話して、たまに勝って、笑って終われる。それが長く続くサーバーの条件さ。」
【G2】「中二マスターってより、社会人マスターっすね」
【カメール】「いや、悟りマスターだなw」
また笑いがこぼれ、チャットが再び流れ始める。
その画面を眺めながら、すなっちはふっと息をついた。
【すなっち】「ま、どっちにしろ来週は面白くなるぞ」
しばし画面を見つめる沈黙のあと、彼は声を少し張り気味に続けた。
【すなっち】「ところで無課金勢諸君!君たちも戦えるレベルになった。RPGと違って、連携と戦略次第では課金者だって倒せる。日々精進するように!」
チャットが一瞬静まり返る。
そして、次の瞬間、メンバー達が次々と反応する。
【ジャコウ】「うおお、無課金でもやれるんすか!?」
【カメール】「やった!俺でも貢献できるかも!」
【G2】「よーし、日課サボってた分取り返すぜ!」
【ぽよぽよ】「作戦考えるの楽しみになってきた!」
【すなっち】「そうだ、その意気だ。個人の力より、仲間との連携が勝敗を決めるんだからな」
チャット欄は一気に活気づき、各自が自分のキャラクターや戦術を思い浮かべて準備を始める。
その画面を眺めながら、砂畑はふっと微笑んだ。
「よし、これで次週はもっと面白くなる……間違いないな」
北東銀区画の光を指で軽くなぞり、彼の夜は静かに更けていった。




