第三十四話 穏やかな日曜日
日曜日。
32サーバーの全体チャットは、今日も初心者の質問とハコニワ勢の雑談で賑わっていた。
そんな中で、誰よりも丁寧に質問に答え、ギルドバトルとは無縁の層からも名前を知られている人気者が4人いる。
《フローライト》のココア。
《キリキリバッタ》のマルメンとシャイン。
そして《王国騎士団》のギルドマスター、ランスロット。
ランスロットは普段、雑談にはほとんど加わらない。だが、見かけた質問にはできる限り答える。
そういう性分の男だった。
余談だが、マルメンとシャインのコンビは、よく脱線しては全チャを雑談で埋める常連でもある。
画面の向こう側で、ランスロットのプレイヤー・勝利は今日も区画マップを眺めていた。
このサーバーには全部で120の区画があり、ギルドが旗を立てられるのは100箇所。
そのうち10箇所は「大区画」と呼ばれ、バトルを重視するギルドたちが奪い合う特別な場所だ。
残りの通常区画は、戦いを好まないプレイヤーたちが50ほどを埋めている。
かつて初期の混乱期に人が離れたこともあり、他サーバーに比べると人口は少なめ。
“過疎サーバー”などと揶揄されることもあるが、それでも、ここには確かに人がいる。
そして、大区画。
そこにこそ、この世界の火種がある。
昨日のギルドバトルでは、戦局が大きく動いた。
《サンドウォール》はあえて守りを捨て、西の銅大区画へ突撃。
結果、ダークキングと拠点を入れ替える形となった。
一方、北西ではダークキングの最高戦力・カノンを消耗させたことが功を奏し、
北東では《フローライト》がまろん率いる部隊を壊滅させて防衛に成功。
驚くべきは、まろんにトドメを刺したのが最高戦力オニッシュではなく、ギルドマスターのココアだったということだ。
さらに《王国騎士団》は南西の大区画を制圧。
戦局を俯瞰していた彼らは、解散直後の《エターナル》の動きをいち早く察知し、空白となった南東を即座に確保した。
これにより、王国騎士団は《銅大区画》を二つ所持。次の土曜日、ついに《銀大区画》への挑戦権を手にした。
ちなみに東では、《焼肉キングダム》と《ブルーアーチ》の激戦が繰り広げられた。
拠点進行のわずかな有利差が勝敗を分け、焼肉キングダムが押し切る形で勝利。
彼らにとっては、これが初めての大区画獲得となる。
【ランスロット】「以上が昨日の大区画の結果だ。うちは銅を二つ確保。次は銀に挑むことになる」
【ガウェイン】「ついに来たな。ここまで長かったぜ、団長」
【ランスロット】「まだ中間地点だ。銀大区画は、ダークキングも全力で阻止しに来るだろう」
【レオネル】「カノン、黒王、まろん集結もあるってことですか…」
【ガラハッド】「しかし、サンドウォールの拠点入れ替えは見事だった。すなっちさんはやり手だな」
少しの雑談の後、ランスロットは本題に入る。
【ランスロット】「問題はそこに元エターナルのペインが加わったことだ」
【ガウェイン】「あいつ、エターナル解散して即移籍だもんな。全チャで喧嘩してたくせによ」
【ランスロット】「逆に良い知らせもある。元エターナルの主力だったジェイとMiraが本日からうちに加入した。ペインの動きに失望したそうだ」
【レオネル】「マジか! あの二人が? それはデカい!」
【ガラハッド】「頼もしいな。ジェイの索敵とMiraの支援が加われば、南線の防衛が固くなる」
【ランスロット】「本人たちもそのつもりだろう。迎え入れる準備をしておけ」
【ガウェイン】「了解。……次の戦は銀大区画か」
【ランスロット】「そうだが、その前に今夜のレイドがある。報酬が次週の準備資金になる」
【レオネル】「結局いつも通り、休む暇なしってわけですね」
【ガウェイン】「ははっ、それが王国騎士団だろ?」
【ランスロット】「冗談はそこまでだ。今夜レイド前に集合。構成チェックして、出発する」
メンバー達が皆、了解と答えた。
ログアウトの音が小さく鳴り、部屋に静けさが戻った。
勝利は、背もたれに身体を預けて大きく息を吐いた。
日曜日の午前。
窓の外では、陽射しが柔らかくカーテン越しに差し込んでいる。
画面の中では、仲間たちと銀大区画への作戦を練っていた。けれど、現実の彼はもう少し穏やかな世界にいる。
四十代、公務員。独身。
部署の人間関係は良好で、上司とも後輩とも程よい距離感。会議では真面目に意見を言い、飲み会では聞き役に回るタイプだ。
ちょうどいい立ち位置。それが今の彼にとって、何よりも居心地が良かった。
「……さて、昼でも作るか」
立ち上がり、台所へ向かう。
冷蔵庫には、昨夜の残りのカレー。
温めながら、勝利はスマホを手に取り、SNSを軽く眺めた。後輩たちが《サンドボックスウォーズ》の戦闘シーンをスクショ付きで投稿している。
「課長、昨日マジで王国騎士団カッコよかったっす!」
そんなコメントも混じっていた。同じサーバーの非戦闘ギルドにいる後輩からだった。
思わず苦笑いがこぼれる。
課長というのは、彼の現実の肩書きだ。
若い職員たちが冗談半分で話題にしてくるたび、勝利は「ほどほどにな」とだけ返していた。
彼がこのゲームを始めたのは、もともとゲームが好きだったのと、後輩たちの間で流行っていたからだ。
気がつけば、みんなが楽しんでいた職場の流行りは、彼にとっても第二の居場所になっていた。
「現実でも、あんなふうに動けたらな」
そう呟いて、カレーを皿に盛る。
ランスロットとして仲間を導く自分と、
勝利として日常を淡々と過ごす自分。
二つの世界の間で、彼は穏やかに生きていた。
外では子どもたちの笑い声。
食卓には、温かな湯気と、ゆるやかな休日の午後。
夜になれば、またあの世界へ戻る。
王国騎士団の仲間たちが待つ場所へ。




