第三十三話 崩壊、闇堕ち
翌日。
ギルドチャットは、珍しく朝からざわついていた。
ペインがログインすると、すでにログが数件流れていた。
【もも】「水曜日、ペインとリアで会ってたんだ〜♡ゲームでもリアルでも息ぴったり♡」
その一文で、空気が変わった。
【ノイス】「は?」
【リオン】「リアって……どういう意味?」
【Mira】「ももさん、それ本当なの?」
【ジェイ】「……マジで言ってんのか?」
悠平の視界が一瞬で暗くなる。
頭の中で、鼓動の音だけが響いた。
(やめろ……頼む、黙ってくれ……)
だが、ももは止まらなかった。
嬉々とした様子で、さらに余計なことまで話し始める。
【もも】「だって〜、私たちもうただのギルド仲間じゃないでしょ?」
【リオン】「うわ……」
【ノイス】「ないわ」
次々と、脱退ログが流れる。
【システム】《ノイスがギルドを脱退しました》
【システム】《リオンがギルドを脱退しました》
言葉が出なかった。
昨日の勝利も、あの興奮も、すべて遠い過去の幻のように思えた。
(違う……そうじゃない……)
チャット欄に何かを打とうとして、指が止まる。
何を言っても、もう信じてもらえない気がした。
残ったジェイとMiraも、明らかに気を使っている。
【ジェイ】「まあ……色々あるけど、落ち着いたら話そうや」
【Mira】「うん……ペインさん、無理しないでね」
やさしい言葉が、逆に胸を締めつけた。
彼らの気遣いは、もはや信頼ではなく同情だった。
(……終わったな)
画面の中でペインは、ギルドマスターの称号を背負ったまま立ち尽くしていた。
だが、その背中は、もう誰もついてこない。
【ペイン】「……解散しよう」
その一言で、エターナルは消滅した。
画面の中央に表示される「ギルドが解散されました」という無機質な文字。
たった数秒の操作で、築き上げてきたものがすべて失われた。
個人チャットの通知が鳴る。
ももからだった。
【もも】「え?なんで?どうしたの?」
【もも】「私、なんか悪いことした?」
空気の読めないメッセージに、ペインは何も返さなかった。
画面を閉じ、無言でフィールドに出る。
行き先も決めず、ただ砂地のマップを彷徨う。
現実からも、ゲームからも、逃げるように。
また通知。
今度はジェイ。
【ジェイ】「突然解散はないっすよ。俺はべつに気にしてなかったのに。ふざけんな」
続けて、Miraからも。
【Mira】「最低。勝手に終わらせないで」
罪悪感が胸を焼いた。
けれど、もう何を言っても遅い。
自分が壊した。自分で終わらせた。
何も、残らなかった。
(……消えたい)
けれど、課金総額が頭をよぎる。
このゲームに注ぎ込んだ金、時間、感情。
それを無にするには、まだ踏ん切りがつかない。
そこへ、また通知が灯る。
(こんどは誰だ、もうほっといてくれ)
そう思いながら個人チャットの画面を開く。
【黒王】「いま、話せるか?」
その名前を見た瞬間、ペインの指が止まった。
《DARK KING》のギルドマスター、黒王。
かつて敵対し、そして、どこかで認めていた男。
闇の中、ペインはゆっくりと返信画面を開いた。
ペインは、震える指でスマホを握りしめたまま、起こった事をありのまま黒王に打ち明けた。
ギルド解散、ももの暴走、メンバーの脱退…すべて。
きっと、誰かに聞いて欲しかったのだろう。
現実でも、ゲームでも、もう誰も信じられない。
そんな孤独の中で、彼は宿敵であり、最大のライバルである黒王にだけ、自分の弱さを曝け出した。
【黒王】「気にするな。そんなことより、ギルド無所属となったなら、貴様はもう敵ではない」
ペインは、その言葉の意味を理解する。
【黒王】「うちに来い。共に伝説を築くぞ」
黒王の言葉は、重く、しかしどこか温かかった。
ためらいながらも、ペインは返信する。
そして、ダークキングの一員として画面上に再び自分の名前が浮かぶ。
こうしてダークキングは、さらなる強固な勢力となった。
サーバー総合力ランキング・一位のカノン、三位の黒王、五位のまろん、そして六位のペイン。
各々の実力者が集まり、戦場での影響力は以前より圧倒的になった。
そして彼らは、ダークキングの《四天王》と呼ばれるようになる。
画面の中で戦況を確認しながら、ペインはふっと息をつく。
もう、現実もゲームも関係ない。
すべてがどうにでもなればいい、という感覚が胸を支配していた。
「……もう、どうにでもなりやがれ」
その言葉を呟き、彼は静かに次の戦場へと指を伸ばした。
暗い部屋の片隅、カップ麺の匂いがまだ残る現実と、スクリーン上の戦場が、今、静かに交錯していた。
ーーー 第六章 ペインの物語 完 ーーー




