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サンドボックスウォーズ  作者: 黒瀬雷牙
第六章 ペインの物語

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第三十一話 堕天

 ギルド《エターナル》のメンバーは、ガチャの話題で盛り上がり始めた。


【ジェイ】「マスター、次のガチャ引きました? 今ならSSR排出2倍ですよ!」

【Mira】「また課金煽り~(笑)」

【リオン】「てかペインさん、借金返済どうなったんです?w」

【ジェイ】「あーそれ気になるww」


 冗談混じりの空気に、ペインは苦笑した。

 もう隠しても仕方ないと、数日前に「課金しすぎて借金中」と自分でネタにしていたのだ。


【ペイン】「今月カード引き落とし10万超えてて草」

【Mira】「え、リアルにやばいやつ!」

【ジェイ】「でもペインさんいなかったらギルド崩壊してたっすよ。必要経費っす!」

【リオン】「経費ってww」


 笑いが弾ける。

 だが、悠平の胸の奥には笑えない焦燥が残っていた。本当に支払いがやばいのだ。滞納通知のメールが何通も溜まっている。


(……今月、どうしようか)


 画面の中のペインは威厳あるリーダー。

 けれど現実の悠平は、電気を止められる寸前の男だ。


 そんな時、突然通知音が鳴った。

 ギルドチャットではなく、個人宛のメッセージだ。

 送り主は「もも」。

 ギルドに所属しているが、普段はほとんど発言しない女性プレイヤーだった。


【もも】「ペインさんって、おすまいどこですか?」


 唐突な質問に、悠平は眉をひそめた。


【ペイン】「え? 東京の○○だけど……何かあった?」


 数秒の間を置いて、返事が来る。


【もも】「お金、少しなら貸せるので会ってみませんか?」


 画面を見つめたまま、悠平の指が止まった。


 心臓がドクンと跳ねる。

 まるでゲームの中で突然、クエストが発生したような感覚。


(……貸してくれる? 本当に?)


 顔も知らない相手…けれど、ギルドの中では何度も協力し合ってきた仲間だ。

 しかも今、この提案に乗らなければ本当に支払いができない。


 理性は警鐘を鳴らしていた。

 しかし、現実の絶望と、わずかな希望がせめぎ合う中で、悠平の口から出た言葉は一つだけだった。


【ペイン】「わかった。明日、会おう」


 送信ボタンを押したあと、悠平はしばらくスマホを見つめていた。

 現実とゲームの境界が、また一段と曖昧になっていく。


 翌日、指定された駅前のカフェに着いた悠平は、周囲を見回した。

 昼下がりの喧騒の中で、スマホを手に立っている女性がひとり。


 それが「もも」だった。


 白い肌。ふっくらした頬。年齢はおそらく四十代。柔らかそうな雰囲気だが、服のセンスや仕草の端々から、少し生活に疲れたような空気も漂っていた。


「あ、ペインさんですよね?」


 笑顔で手を振るもも。


「やっぱりタイプだぁ。そんな気してたんだー」


 いきなりの言葉に、悠平は言葉を失った。

 周囲の視線が気になる。人混みの中で、まるで自分だけが浮いているような居心地の悪さを覚える。


 だが、ここで引くわけにはいかなかった。

 金が必要だった。


「と、とりあえず……どこか入りますか」


 ももは嬉しそうにうなずき、近くのファミレスを提案した。

 窓際の席に座り、ふたりはハンバーグとパスタを注文。食事を待つ間、ゲームの話に花が咲いた。


「ギルドの人たち、ほんとペインさん慕ってますよね」


「……まあ、ゲームの中だけはな」


「中だけでもいいじゃない。あの世界のペインさん、かっこいいもん」


 ももの声は柔らかく、どこか本音を含んでいた。

 しかし悠平の意識は、話題の裏に潜む目的に集中していた。


 料理が運ばれ、数口食べたところで、ももがカップを両手で包みながら上目遣いに言った。


「……それで、今月、どのくらい必要なの?」


 喉が詰まった。


「十万くらい……。返すあてはあります」


「そう。十万ね」


 ももはしばらく沈黙し、何かを考えているようだった。そして、ゆっくりと顔を上げた。


「ペインさんが本気で困ってるなら、出してもいいよ」


「本当か……?」


「うん。ただ」


 そこで、彼女は言葉を切った。表情がほんの少しだけ変わる。それまでの柔らかさに、微かな緊張が混じる。


「……それなりの覚悟は、ある?」


 悠平は息をのんだ。何を意味しているのか、言葉にしなくても伝わった。胸の奥に冷たいものが流れ込む。


 金が欲しい。


 でも、それを代償に何かを差し出すその現実が突きつけられる。


 視界の端で、ももの指がテーブルをなぞる。

 その仕草一つひとつが、妙に現実的で、生々しく感じられた。


(……背に腹は、かえられない)


 悠平は、拳を握りしめた。

 自分の中の何かが静かに壊れていく音がした。


 数時間後。

 薄暗い部屋に、換気扇の低い音だけが響いていた。

 安いシャンプーの匂いと、どこか人工的な甘い香りが混じっている。


 ももは無言のままバッグを開け、封筒を取り出した。中の紙幣を軽く整えて、ベッド脇のテーブルに置く。


 悠平は、その封筒を掴む。

 手のひらの中に、確かな重み。

 まるで現実そのものを掴んだような錯覚。


 ももは、少しだけ笑って言った。


「ペインさん、またゲームで会おうね」


 そう言って悠平の頬に口付けをし、ドアの向こうに消えた。


 悠平は、封筒を開けた。

 紙幣を数える。指の感触、数える音、どれもがやけに心地よかった。


 笑いが漏れた。

 小さく、そして止まらなくなった。


 金を手にした。

 現実に。

 この手で。


「……俺は、金を手にしたんだ」


 声に出してみると、それが何かの呪文のように響いた。借金も、情けなさも、惨めさも、全部どうでもよくなる。


 何も問題ない。

 そう、何も問題なんて、ないんだ。


 窓の外には、夜明け前の空。

 光と闇のあいだで、世界がゆっくりと色を失っていく。

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