第二十九話 旅立ちと決意
レイド終了後のギルドホーム。
討伐の余韻が残る中、チャットには達成感と別れの言葉が並んでいた。
【椿】「さて……うちら、次のギルドに移るよ」
【Rain】「フローライトは、本当に居心地がよかった。また必ず戻ってくる」
2人はいつもの穏やかな笑みで告げた。
戦闘では鋭く、普段は柔らかい、まさに“旅人”らしい別れの姿だった。
【ココア】「あはは、ウチはいつでも歓迎だよ。またきな!」
【White】「だが、敵として会った時は、容赦はせん」
【椿】「フッ、望むところだ」
そんなやり取りを眺めながら、そるは黙って画面を見つめていた。椿やRainのように、ギルドを渡り歩く者たち。
その生き方に、どこか惹かれている自分がいた。
(俺も……もっと広い世界を見てみたい)
気づけば、指がチャット欄を開いていた。
【そる】「なあ、椿。俺も少し旅をしてみたい」
一瞬、静寂。
そして、椿が笑った。
【椿】「ほう、陽太も《椿旅団》に入りたいのか?」
【そる】「本名で言うなしw所属はあくまでフローライトのまま。ただ、色んな場所を見て、もっと強くなりたい」
【ココア】「いいじゃん! ウチは自由ギルドだし!」
【スカイ】「……そっか。まあ、戻ってくるなら文句はないけどね」
スカイの声は、どこか寂しそうだった。
けれど、その表情の裏には確かな信頼があった。
夜風が窓を揺らす。
リアルの部屋で陽太は深く息をついた。
ゲームの中の旅と、現実の静けさ。
その間にある“何か”が、今、確かに彼を動かそうとしていた。
【椿】「じゃ、また運命が私たちを引き寄せる時まで」
【Rain】「またね!」
【システム】《椿 がフローライトを脱退しました》
【システム】《Rain がフローライトを脱退しました》
【そる】「じゃあな、みんな!色々見てくるわ!」
【オニッシュ】「うん、ここのことは僕達に任せて」
そしてそるは、ギルド脱退のボタンをクリックした。
【システム】「フローライトを脱退しました」
その後すぐに、椿からディスコの招待が飛んできた。
《椿旅団アジト》
次が決まるまでの仮の居場所のようだ。そるはすぐにディスコ内の椿旅団アジトの部屋に参加する。
【椿】「いまRainと話してたんだけど、おじサムライさんがいなくなってから勢いが無くなったキリキリバッタか、すなっちさんが頑張ってるサンドウォールのどっちかいこうと思うんだけど、陽太はどう思う?」
【そる】「そうだな……俺は〈サンドウォール〉がいいと思う」
【椿】「理由は?」
【そる】「今、勢いがある。それにギルドマスターのすなっちって人、戦力よりも動きが柔らかい印象なんだよ。他のメンバーは誰もランカーがいないのに、レイドで結果を出してる。きっと、戦場での判断が上手い」
【Rain】「確かに、フローライトと同じタイプかもね。無理せず着実に伸びてる」
【椿】「ふむ……戦いを楽しむタイプ、か。いい選択だ」
【そる】「フローライトもそうだったけど、なんか雰囲気のいいギルドが好きなんだよな」
【椿】「わかるぞ。結局、強さより居心地が長続きする」
【Rain】「よし、決まりだね。〈サンドウォール〉に挨拶してくる」
【そる】「あ、フローライト以外で俺を名前呼びするのは禁止だかんな!」
【椿】「わかった、陽太」
【Rain】「www」
画面の向こうで、3人のアバターが街の中央に立つ。
【そる】「それにしても……おじサムライ、本当にいなくなってたのか」
【椿】「ああ、黒王とカノンがよっぽど気に障ったのだろう…あの人がいた頃の〈キリキリバッタ〉は、本当に強かった」
【Rain】「ダークキングが1番警戒していたギルドだったからね」
【そる】「じゃ、サンドウォールの次はキリキリバッタを見に行こうぜ」
チャットには、短い沈黙のあとーー
【椿】「〈サンドウォール〉のギルマス・すなっちさんに話を通した。三人とも、期間限定でなら歓迎とのことだ」
【そる】「おお、話早いな!」
【Rain】「椿、こういう時の行動力だけは本当に早いからね」
【椿】「だけ、とは失礼な」
3人の間に軽いやり取りが流れる。
その空気に、そるも自然と笑みをこぼした。
【そる】「てか、もう行かないの? すぐ申請すればよくない?」
【Rain】「あ、それがね、ギルド移動って一日一回しかできないの」
【そる】「あ、そうなの!?」
【椿】「フローライトを抜けたばかりだから、今夜はまだ無理なんだ」
【Rain】「だから明日。正式に〈サンドウォール〉へ移るのは、明日のこの時間になる」
【そる】「なるほどな……ゲーム内でも旅には夜明けがあるわけか」
【椿】「ふふ、詩人め」
モニターの向こうで、椿のキャラが空を見上げる。
街の夜空には、ゲーム内とは思えないほどリアルな満月が浮かんでいた。
【椿】「夜が明けたら、次の戦場だ」
【Rain】「また一緒に戦おう、そる」
【そる】「おう。旅はまだ始まったばっかだしな」
ギルドチャットが静かに途切れた。
陽太はベッドに背を預け、スマホの画面を見つめながら小さく息をついた。
(明日から〈サンドウォール〉か……どんな仲間が待ってるんだろ)
窓の外は現実の夜。
だが、彼の胸の中には、もう次の朝が灯っていた。
ーーー 第五章 そるの物語 完 ーーー




