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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第五章 そるの物語

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27/90

第二十六話 むーの実力

 水曜日。

 陽太の今日の現場は“当たり”だった。

 忙しいわけでもなく、段取りもスムーズ。昼過ぎには残りの片付けを終え、午後三時半には解散となった。


(…スロ行くか?)


 反射的に浮かんだその言葉に、陽太は自分で小さく笑った。かつてなら、そのまま駅前のパチンコ店に向かっていた。でも今はなんとなく、行く気になれなかった。


 光る液晶、時間を溶かす音、それが陽太にとって唯一の現実逃避の手段だった。

 でも今は、もうひとつの逃げ場がある。


(帰ってログインすっか)


 陽太は現場から帰るハイエースに乗り込み、ぬるくなった缶コーヒーを一口。

 空は少し曇っている。秋風が心地よい。

 エンジンの振動に身を委ねながら、ぼんやりとゲームの仲間たちの顔を思い浮かべた。


 ココア、スカイ、オニッシュ。

 White、Gemini、ゆず、タイガー。

 期間限定の椿、Rain。

 そして、昨日加入した新メンバー〈むー〉。


(どんなやつなんだろな……)


 午後五時。

 夕食代わりのカップラーメンをすする。


「辛っ!」


 陽太は、わざわざ高くて辛い物を選んだことを少し後悔する。その後風呂を済ませ、PCの電源を入れる。

 画面が光り、タイトルロゴが浮かび上がる。


 《サンドボックスウォーズ》


 ログイン音とともに、拠点の焚き火が視界に広がった。


 ログイン後、そるが〈フローライト〉の拠点に現れると、焚き火の前に六つの影が揺れていた。

 スカイ、ココア、Gemini、タイガー、Rain、そして昨日加入した新メンバーの むー。


【ココア】「おっ、そる来たー!」

【スカイ】「ナイスタイミング。ちょうど今、どこ行こうか話してたとこ」

【Gemini】「今日は無課金組が多いから、第二区あたりが妥当かなって」

【タイガー】「第三区は素材はいいけど、敵が硬ぇんだよな。ポーション代で赤字になる」

【Rain】「無理せず行こ。今日はのんびりでいいじゃん」


 焚き火の向こうで、ひときわ落ち着いた声が入る。


【むー】「私、まだマップほとんど埋まってないので、どこでも嬉しいです」

【ココア】「おっけ!じゃあ、むーちゃんのマップ埋め兼ねて第二区ね!」

【そる】「了解。軽装チームでいくぞ」


 フィールドに出ると、薄霧の森が広がっていた。

 木々の隙間から光る虫が飛び交い、遠くで獣のうなり声が響く。


【Gemini】「右前方に風の流れ……スカイ、あそこ火で一気に焼ける」

【スカイ】「了解。フレイム・ストーム!」


 紅蓮の渦が巻き起こり、草陰から飛び出したモンスターを一掃。その背後、鋭い音が走る。


【むー】「ピアースショット!」


 矢が一直線に飛び、逃げようとした敵の急所を正確に貫いた。光の粒になって散る敵を見て、ココアが歓声を上げる。


【ココア】「うわ、すっご! 一撃で落としたよ!」

【そる】「精度高いな。弓慣れてるのか?」

【むー】「昔、別ゲーでずっと弓やってたので……距離感覚は身体に染みついてます」


 その言葉に、タイガーが感心したように唸る。


【タイガー】「頼もしい新人だな。こりゃ近接の俺、負けてらんねぇわ」

【Gemini】「いい感じのバランスになってきたね。前衛・後衛・支援、全員揃ってる」


 森の奥へと進むにつれ、敵の数が増えていく。

 スカイの火、Geminiの風、Rainの水が交錯し、ココアが影のように背後からナイフで切り裂く。

 そるは僧侶の杖を掲げ、前衛を支えながら回復魔法を展開する。


【そる】「ヒール・サークル展開。回復範囲に入っとけ!」

【Rain】「ナイス、今の完璧!」


 戦闘が終わるたび、むーやタイガーが素早く素材を拾い、スカイやGeminiが袋に詰めていく。

 無課金ゆえの手間も、どこか心地よい。

 派手な装備も課金アイテムもないけれど、彼らの連携は確かに輝いていた。


【Gemini】「今日はもう十分じゃない?」

【そる】「ああ、素材も揃ったし、無理せず戻ろう」

【スカイ】「このメンバー、安定してるな」

【むー】「……はい。なんか、いいですね。空気が」


 その言葉に、誰もが小さく笑った。

 画面の中で、七つの灯りがゆらゆらと森を照らす。


 課金も、ステータスも、勝敗も関係ない。

 ただ、仲間と歩く時間が心地よい。


 《フローライト》。灯り続ける小さなギルドの夜は、今日も穏やかに更けていった。


 【スカイ】「……そういえば、今日はオニッシュさんいないね。ちょっと寂しいな」

【そる】「そうだな……」


 そるはふと思い立ち、サーバーの総合力ランキングを開く。そこには、無数の強者たちの名が並んでいた。


 フローライトの中核を担うメンバーの名前もある。


 Whiteが35位。

 ココアが39位。

 そして、自分は……50位。ギリギリで名前が載っている。


(……おお、入ってるじゃん)


 だが、その視線はすぐ上へ向かう。


 エース・オニッシュは、ついに〈3位〉から〈4位〉に転落していた。

 代わりにその座へ上がったのは…


 《サンドウォール》のギルドマスターにして、最終兵器僧侶の〈すなっち〉。


 黒王との、ギルドの誇りをかけたマスター同士のタイマンで敗北した直後、重課金に踏み切ったという噂もある。

 圧倒的な装備更新で一気に上位へ食い込み、黒王を抜いて2位に躍り出た。


 だが、それでも1位の座にいる者は変わらない。


 《ダークキング》の最強、〈カノン〉。

 2位のすなっちを圧倒的戦力差で引き離し、王座を譲る気配すらない。

 先の戦い… 北東銅大区画の激闘で、オニッシュを下し、ココアを瞬殺した猛者中の猛者。


(あの化け物……まだ上があるのかよッ!)


 小さく息を漏らし、そるは焚き火の明かりを見つめた。穏やかな夜に、競争の影がゆらめく。


 「おつかれ、また明日」と小さく呟き、そるはログアウトのボタンを押した。

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