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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第五章 そるの物語

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第二十四話 かつての強敵、実は厨二病

 陽太は、夕暮れの工事現場で最後の解体作業を終えた。振動ドリルの音が止まり、あたりに一瞬の静寂が落ちる。

 ガラ袋を担ぎ上げ、足場を降りるたびに、腕がずしりと重い。


「ふぅ……今日も、終わったか」


 独り言がマスクの中でこもる。街はすでに橙から群青へ変わり、工事灯の明かりだけが現場を照らしていた。

 他の作業員たちは早々に引き上げ、残るのは陽太一人。誰もいない更衣室で、着替えを終えた瞬間、ようやく一日の重さを感じた。


 帰宅した頃には夜八時を回っていた。

 六畳一間のアパート。狭い部屋の蛍光灯が、白々と天井を照らす。

 靴を脱いだ拍子に、床の軋む音が静かに響いた。


 風呂場から湯気が立ちのぼる。

 シャワーの音とともに、昼の喧騒が遠のいていく。

 熱い湯を頭から浴びた瞬間、張り詰めていた筋肉がようやく緩んだ。


 そつなく仕事をこなす陽太に、誰も文句を言わず、陽太もまた、誰にも文句を言わず、誰とも話さずに終わる日々。

 それが楽なのか、寂しいのか、自分でももうわからない。

 ただ、ゲームの中では少なくとも、自分を呼んでくれる人がいる。


 湯上がりに冷蔵庫を開けると、銀色の缶がひとつ。

 プルタブを引く軽い金属音が、部屋の静けさを切り裂いた。


 プシュッ。


 炭酸の刺激が喉を駆け抜ける。

 疲れた体に、静かな安堵が染み込んだ。


「……行くか、いつもの場所へ」


 缶をテーブルに置き、決してスペックの高くない、使い古したPCのモニターの電源を入れる。

 青白い光が部屋を照らし、陽太の表情を淡く浮かび上がらせる。

 埃っぽい現実の空気が遠のき、代わりに広がるのは、無限の光と音の世界。


 《サンドボックスウォーズ》

 ログイン完了。


 〈フローライト〉の拠点に現れると、数人が集まっていた。

 チャット欄には、いつものようにココアの文字が踊っている。


【ココア】「ようやくそる来た!今夜はすごいよ!」

【スカイ】「昨日マスターが言っていたビッグゲストが2人、期間限定で加入したんす!」

【そる】「おお、昨日言ってた件か」


 画面の中央、ギルドリストに新たな名前が光る。


 《椿》

 《Rain》


「うっ…!」


 息が止まった。

 あの夜、死闘を繰り広げた、ダークキングの二人。

 画面越しでも、あの刃の冷たさ、あの魔力の圧が思い出される。


【椿】「私は旅人の椿、短い間ですが、お世話になります」

【Rain】「同じくです!よろしくお願いします!」

【そる】「おぉう、…旅人?ダークキング辞めたの?」

【椿】「…色んな色を、見てみたいのサ」

【Rain】「椿ちゃんッ、カッコいい!!」


(…ん?この2人、こんな感じなのか?)


 そるはイメージとのギャップに少し違和感のような物を覚えた。しばらくギルド拠点を整備ながら雑談をしていると、オニッシュとゆずがログインした。


【オニッシュ】「こんばんは」

【ゆず】「なるほど…ビッグゲストですね」

【椿】「私は旅人の椿、短い間ですが、お世話になります」

【Rain】「わたしもわたしもでーす!」


(椿って子は厨二、Rainって子は適当女子か?)


 その後、ココアの提案で一行は洞窟ダンジョンに潜った。


【Rain】「オニッシュさんって、ハンネの由来とかあるんですか?」

【オニッシュ】「あぁ、僕はたまねぎとキノコが好きだから…」

【そる】「オニオンとマッシュルームでオニッシュってか!?なんか今日、皆んなのイメージが変わっていくんだがw」

【オニッシュ】「そういうそるさんはどうなのさ」

【そる】「おう、俺は陽太って名前なんだが、逆さまにして太陽。太陽だからそるよ!センスあんだろぉ?」

【ゆず】「そるさん、あんまり本名とか出すべきじゃないよ(汗)」

【椿】「そうだぞ、陽太!」

【そる】「気をつけます…って本名で怒んなw」


 一連のやりとりに、皆画面の向こうで笑っていた。


【Rain】「あはは、ココアさんは?」

【ココア】「私?昔飼ってた犬の名前なの。ちっちゃくて真っ黒でね、めちゃくちゃ可愛かったんだ」

【そる】「へぇ~、さすが姐さん!いい話じゃん。ペットの名前って、覚えててくれるだけで嬉しいよな」

【ココア】「でしょ!だから、どんなときも忘れたくなくて!」

【スカイ】「俺も由来あるぞ!」

【ゆず】「へー、どんな?」

【スカイ】「本名“空也”って言うんだ。空って字、好きだからそのまま英語にしただけ」

【そる】「え、スカイも本名系!?気が合うなw」

【オニッシュ】「いや、2人とも危機感持とう?」

【椿】「ふふ、意外とみんな単純なんだな」

【Rain】「ねぇゆずちゃんは? ゆずって名前、なんか可愛いよね!」

【ゆず】「あ、わたしは……冬になると、家のお風呂にゆず入れてくれてたから。なんか、それが落ち着くっていうか」

【そる】「なるほど、癒し枠か」

【椿】「ふむ……香りの記憶って、けっこう深いんだよ」

【そる】「じゃあ椿は?花の名前だし、なんか意味ありそう!」


 そるは、椿の厨二キャラに期待して聞いてみる。


【椿】「私は、“散ることが美しい”って言われた花だから」


(ぶっ…w!やっべ俺、椿のキャラ好きだわwww)


【スカイ】「……重っ」

【オニッシュ】「さすが旅人、哲学的です…!」

【Rain】「だよねぇ~!椿ちゃんカッコよすぎ!」

【椿】「……どうかな。それは、その時になってみないとね」


 ダンジョンの暗闇に、キャラクターたちの笑い声と、時折まじる静寂が響く。

 陽太はモニターの向こうで、微笑んでいた。

 この時間だけは、どんな現実よりも生きている気がした。

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