第二十一話 フローライトの暗殺者
黒王は、剣を背に静かに振り返った。
戦場には火の粉が舞い、燃え尽きたサンドウォールの拠点跡が赤黒く光っている。
倒れ伏すメンバーのネームプレートが次々と灰色に変わる。その中心で、黒王は口角をわずかに上げた。
【黒王】「サンドウォール、撃破完了だ」
そして、迷いなく《全チャ》を開く。
画面に文字を打ち込み、送信ボタンを押す。
【黒王】「サンドウォール、沈黙w 次はどこだ?逃げんじゃねぇぞ」
その言葉は瞬く間にサーバー全域を駆け巡った。
煽りと取る者、戦慄する者、興奮する者、反応は様々だが、確かにサーバー32の空気は揺れた。
戦場を包む緊張が、歓声にも怒号にも似た熱気に変わっていく。
黒王はモニターを見つめ、次の戦況を確認した。
同時進行で展開されていた戦線の報告が、次々とチャット欄に流れ込む。
【たっちゃんパパ】「南西銅大区画、キリキリバッタ撃破!」
【琉韻love】「エターナルのペインダウン、南東エリア奪還!!」
次々と表示される討伐ログ。
ダークキングの勢いは止まらない。
そして、まろんからも明るい報告が届いた。
【まろん】「ブルーアーチ、返り討ち完了っす♡ 全滅させてやりました~!」
【黒王】「よし、上出来だ」
黒王は静かに頷き、全体マップを開く。
金・銀・銅、王国騎士団の西銅大区画以外、全ての大区画にダークキングの紋章が立ち並ぶ。
残る戦場は、北東銅大区画、《フローライト》からの防衛戦。
そこでは、サーバー最強を誇るカノン率いる主力部隊が、最後の激戦を繰り広げていた。
フローライト側はオニッシュが先陣を切り、巨大な戦槌を振るう。
その一撃を、カノンが片手剣で弾き返す。火花が散った。
【オニッシュ】「僕は負けない!」
オニッシュの咆哮に呼応するように、スカイとGeminiが動く。
それぞれが中距離から魔法を放ち、椿とRainの動きを妨害、それに合わせてココアとWhiteが連携する。
しかし、相手も容易ではない。
椿の刀が空を裂き、Rainの水撃が襲いかかる。
互いのスキルが交錯し、爆音と光の中で視界が白く染まった。
戦況は拮抗、どちらが勝ってもおかしくない。
そんな張り詰めた時間が流れていた。
黒王は拳を握りしめた。
だが、この戦争のルール上、すでに攻撃に出たプレイヤーは別戦線へ移動できない。
彼も、シンも、鬼朱雀も、ただ見守るしかなかった。
仲間の命が燃え尽きていくのを、モニター越しに見守るしかない。
「カノン……お前、負けるなよ」
黒王の声は、誰に聞かせるでもなく零れた。
その瞳はただ一点、フローライト戦の映像に注がれていた。
サーバー32最大規模の戦争は、ついに最終局面を迎えようとしている。
戦火の渦が、北東の大地を焼き尽くしていた。
フローライトとダークキング、最後の激戦。
空気が震える。水がうねる。
戦場の中央で、Rainが杖を高く掲げた。
【Rain】「アクア・テンペスト!!」
詠唱完了と同時に、地面が波打ち、蒼い奔流が爆発した。
轟音と共に水柱が立ち上がり、渦巻く暴流が敵陣を飲み込む。
【スカイ】「うわっ、これヤバ!」
【タイガー】「クソッ、逃げろ!」
【Gemini】「詠唱が間に合わない!」
返す間もなく、三人のネームプレートが次々と灰色に変わった。
【システム】《スカイ 撃破》《タイガー 撃破》《Gemini 撃破》
フローライトの下戦力が一瞬で沈黙。
その圧倒的な魔力の奔流は、まるで津波のように戦場を飲み込み、
残された地面には深いクレーターだけが残った。
Rainの額には汗が伝う。
息は荒い。だが、目の奥には確かな自信が宿っていた。
【Rain】「下は片付いた……あとは上位陣だけ」
その視線の先では、もう一つの激戦が繰り広げられていた。
椿がWhiteとゆずと戦う。
Whiteが守り、ゆずの刀が飛ぶ。
椿は1人で2人の連携を捌いていた。そして均衡が破られる。
【システム】《ゆず 撃破》
椿の刀がゆずをとらえ、一撃でノックアウト。Whiteも椿の速度に圧倒され、瀕死。
水の奔流が静まり返ったあと、戦場に再び足音が響く。その音の主は、背後から音もなく忍び寄っていた。
【システム】《Rain 撃破》
RainのHPバーが一気にゼロへと沈み、画面にログが表示される。
一瞬、誰も何が起きたのか理解できなかった。
【Rain】「……やられた、見事だわ」
苦笑を浮かべ、彼女は杖を手放す。
背中には、鋭く光るナイフが深々と突き刺さっていた。
【ココア】「これでもギルマスなんでね。意地くらいは見せるよ」
フードの奥からのぞく瞳が、わずかに笑った。
彼女の姿はすぐに消え、次の瞬間には煙のように視界から掻き消える。
フローライトのギルドマスター・盗賊ココアの真骨頂、影から影へ、静かに戦場を渡る。
フローライトのギルドチャットは大歓声に溢れる。
一方、椿の前ではWhiteが盾を構えていた。ゆずを失った直後にもかかわらず、その防御には一分の隙もない。
槍と盾を駆使し、椿の一撃一撃を正確に受け止めていた。
【White】「……俺が時間を稼ぐ。マスター、任せたぞ!」
【そる】「Whiteさん、回復します!」
ココアが再び姿を現す。Rainを沈めた勢いのまま、椿の背後へと滑り込んだ。
気配を感じた瞬間には、すでに刃が迫っていた。
椿は咄嗟に身を翻し、白刃が頬をかすめる。
反撃の刀が閃き、火花が飛び散る。
そこにWhiteの槍が割って入った。
鋼と鋼がぶつかり合い、耳をつんざく衝撃音が鳴り響く。
そして、均衡が再び崩れる。
【システム】《White 撃破》
椿の刀が一直線に突き抜け、Whiteの胸を貫いた。
盾が地面に落ち、音を立てて転がる。
さらに支援していたそるに、スキルが牙を向く。
【椿】「斬空波!!」
【そる】「くっそ!!」
【システム】《そる 撃破》
【椿】「あと一人!」
荒い息を整え、椿は刀を構え直した。
だがその視線の先、煙のように姿を消したココアの気配が、周囲の闇に溶けていく。
フローライトとダークキング、互いに残る戦力は2人となり、 戦いを終えた者達も含め、32サーバーのプレイヤー達が見守る中、戦いは最終局面に差し掛かる。




