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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第四章 黒王の物語

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第十九話 とある男の心の闇

 戦線布告から数分後。

 サーバー32全体が、まるで火薬庫のような緊張に包まれていた。


 《ダークキング》は全員、ディスコを使用しており、ボイスチャットでやり取りをしている。黒王の低い声が響く。


「戦うぞ。五ギルド同時だ」


 その言葉に反応するように、メンバーリストが続々と点灯していく。

 嫌気がさして抜けた者もいたが、同時に“ダークキング”という名の強者集団に憧れ、流れ込んでくる新参も多い。

 ギルドの人数はむしろ増えていた。

 しかし、その多くは寄せ集め。

 黒王は、そんな現実を誰よりも理解していた。


「主は動かせねぇ……。となると、金・銀区画は動けん。雑魚どもはそこを守らせろ」


 淡々と指示を飛ばしながらも、瞳の奥には苛立ちの炎が宿っていた。この状況を招いたのは、間違いなく自分とカノンの軽率な発言。


「フッ……くだらねぇプライドのツケってわけか」


 小さく吐き捨て、再び作戦表に視線を落とす。

 画面上では、敵対ギルドの名が並んでいた。


 《サンドウォール》《フローライト》《ブルーアーチ》《エターナル》《斬々抜断》。

 それぞれの実力、特徴、傾向。

 すべてが頭の中に入っている。


 黒王は短く考えたのち、的確に指示を出し始めた。


「サンドウォールには俺と、シン、鬼朱雀だ。相手のギルマスはすなっち。五位とはいえ、周りは弱ぇ。速攻で潰す」


 続いて、画面をスライドする。


「フローライトにはカノンと椿とRainを行かせる。オニッシュはもちろん、中堅のココアとWhiteもいるだろ。手を抜くな」


「了解」


 カノンは、まるで命令するなというような態度の返事をする。


「ブルーアーチ戦は防衛側の戦場になる。そこにはまろん、お前を置く。ランキング四位の力、見せてみろ」


「了解っす、黒王様♡」


 明るく答えるまろん。その声には、黒王に対する憧れが滲み出ている。


「残りはエターナルとキリキリバッタ……か」


 その名を口にした瞬間、黒王の指がわずかに止まった。


 マルメン、シャイン…あの、煩わしい連中。


 だが、黒王はすぐに感情を押し殺した。

 いま必要なのは怒りではなく、勝利だ。


「……あの二人の相手は、運に任せよう。いずれ潰す」


 そう呟いた声は、冷たく、乾いていた。

 画面の中で、ダークキングの主力二十人が配置されていく。

 それぞれの戦場に、光と闇が散らばっていく。


 五つの戦線。

 五つの大区画。

 そして、サーバーを揺るがす最大規模の戦争が、今まさに始まろうとしていた。


「では、仕事にいく。また夜に」


 そう言って黒王はログアウトし、ヘッドホンを外す。身なりを完璧に整え、彼は職場へと向かう。


 都内・新宿。

 昼下がりの高級カフェラウンジ。

 穏やかな音楽が流れる中、黒羽怜王(くろばねれお)は柔らかな笑みを浮かべていた。


「お待たせいたしました、アイスティーでございます」


 完璧な所作。

 目線の高さ、声のトーン、カップの置く角度…どれも教科書のように美しい。客の女性は少し頬を赤らめ、「ありがとう」と微笑んだ。


「こちらこそ、いつもありがとうございます」


 怜王は深く一礼し、カウンターへと戻っていく。

 その背筋には一分の隙もない。


 “黒王”という名で知られる彼の、もう一つの顔。


 昼間は一流ホテル内のバリスタとして働く。

 常に笑顔を絶やさず、接客評価は五年連続トップ。

 同僚たちからも「黒羽さんは理想の社会人」と讃えられていた。


 だが、彼の心の奥底には、

 誰にも見せない“黒いもの”が静かに積もっていた。


 客の無茶なクレームにも笑顔で対応する。

 上司の理不尽な指示にも「はい、承知しました」と頭を下げる。

 努力をしても、結果は“当たり前”と扱われる。


 どこまでいっても、報われない。


 怜王は、そんな現実を、

 まるで冷たい水の中に沈んでいくような気持ちで受け止めていた。


 夜。

 静かなマンションの一室で、彼はヘッドセットを装着する。ログイン画面が浮かび上がる。


 《サンドボックスウォーズ》


 その瞬間、彼の表情から笑みが消える。

 彼はこのためだけに、土曜日は早く仕事を上がらせてもらっている。

 そして、仕事で貼りつけていた「完璧な仮面」が、剥がれ落ちた。


「……ようやく、息ができる」


 モニターの中では、黒王のアバターが無造作に剣を背負って立っている。

 眼差しは冷たく、鋭く、現実の怜王とはまるで別人だ。


 彼は稼いだ金を惜しげもなく注ぎ込み、

 最強装備を揃え、最速で育成を進めた。

 そして、力でねじ伏せることでしか得られない優越感に溺れていった。


 現実での理不尽を、

 この仮想の戦場で叩き潰す。


 ダークキングのギルドマスター・()()という名は、やがてサーバー中に響き渡った。

 だが、その名声が高まるほどに、怜王の心の闇も深くなっていく。


 彼は気づいていた。

 自分が楽しんでいるのではなく、憎しみを燃料に動いていることに。


 それでも、やめられなかった。

 もう、これしか自分を保つ方法がなかった。


「さぁ、俺を楽しませろよ…クソども!!」


 つぶやきながら、黒王は静かにログインボタンを押す。画面の向こうで、再び“王”が目を覚ます。



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